絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 彼女の声が段々か細くなっていく。
「俺も本当は昨日の朝発つ予定だったんだけど、行き先が急にイギリスの北部の方になって。飛行機を変えたら出発が2日伸びてな。夕方偶然病院に来たら、お嬢様が運ばれた後だった。朝運ばれたらしい。同僚から偶然その話を聞いて、見に行ったら、もうその時は意識が回復していた……ただ、いつもよりぼんやりとはしていたが」
「……何て?」
 すがるように奴を見ている香月を、見る気にはなれない。
「愛がもらった車は特別だ。同じ物を買ったけど違う、と。お嬢様が言うにはおそらく、車種は同じだと思うんだが、なんでも紋章が入っているに違いないとか。それを思いつめたようなことを……」
「……嘘、知らないよ、紋章なんて。そんなだって……そもそも、あの人と阿佐子が仲良くて、それで私、呼ばれたのに……」
 口元に手をあて、テーブルの一点を見つめる彼女の肩を抱きたい気持ちも多少あったが、どうしても行動には移せなかった。
「俺はそっちの世界のことなんて全く知識がないから分からないが、お嬢様から聞く限りでは、その車をもらったのも、あまりよくない方向だと思うが」
「え、そんな……私だって知らないよ。だって阿佐子の友人というか、恋人みたいに言うから……」
「相手が愛の写真を見て気に入ったんだってな。かなり強引に約束をとりつけられたみたいだけど」
「そんな。だって、阿佐子が会わせるって言ったのよ? しかも、その日は突然阿佐子から電話がかかってきたし……」
「迷っていたのかもな、約束を守るかどうか」
 何の話をしているのかさっぱり分からない宮下は、ただ会話を聞くことしかできない。奴は落ち着いているのか、一度コーヒーを口にしてから、
「愛に言おうか、言うまいか、しばらく考えたんだが、お嬢様本人から言われるよりは、いくらかマシかと思って」
「……うん、……」
 彼女の瞳からは大粒の涙が、溢れて、流れた。
 ハッと気づいて、彼女のバックからハンカチを取り出し、手渡す。
「……しばらくは、会いに行かない方がいい」
「……いつまで?」
「……当分じゃないかな……」
「そんな。行かなかったら、内容知ってるのに会いに来ないって思われる」
「いや、絶対に行かない方がいい。この俺にでさえ、怒っていたからな」
「何で?」
 ハンカチは全く役に立てられず、握り締められたまま、涙は流れ落ちていく。
「……」
 奴は何故かちらとこちらを見てから、長い茶色の前髪をかきあげ、また彼女の方をまっすぐ向いて話を始めた。
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