絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「ここのオーナーの巽光路という人に繋いで欲しいのですが……」
 男は名刺を繁々と見つめてから、こちらを一瞥して、「そちらにお掛けになって少々お待ちくださいませ」ととりあえずの営業スマイルを残してすぐに消えた。
 そちら……とは、受付カウンターと対面しているソファのことのようである。
 香月は浅くそこに腰掛けると、擦りガラスと透明ガラスでデザインされている扉の隙間越しに、店の奥を食い入るように眺めた。
 時折、楽しそうな大きな笑い声が聞こえてくる。華美なドレスを着たお姉さんと、スーツの男の人が楽しむ場所。予想通りだ。ホストクラブは何度か行ったことがあるので、その高級版といった感じだろう。
 香月は腕時計を確認した。
 時間がかかりすぎてはいないだろうか。10分は既に待っている。
 まず、巽に連絡を取り、折り返しになっているのか……どうなのか。まあ、門前払いに合わなくて良かった。彼の名刺を持っていれば、どうにでもなっただろうに、そんなまさか、自分から会いに来ることがあるなどあの時は思いもしなかったせいで、名刺などあのテーブルに忘れたままだろう。
「お待たせいたしました」
 20分してようやく、男が現れたが、先程とは違う中年の男であった。
「しばらくすると迎えの車が来ますので、そちらにお乗りください」
「えっ……あ、そう……ですか……はい、どうも……あ、ありがとうございました」
「よろしかったら店内で何かお飲み物でもどうぞ」
 そのスマイルは素晴らしいが、
「いえ、ここで待たせていただきます。すみません、ありがとうございます」
 と、丁重に断り、そのまま同じソファに沈む。
 そりゃそうか。オーナーの知り合いで迎えまで出すとなれば、店の方も対応が違うわな……。
 にしても巽、覚えていたんだ……。
 まあ、そのおかげで何億も稼げてるんだから当たり前か……。
 またしばらく待たされるものだろうと思っていたが、予想に反して、5分程度で車は店の前に横付けされた。
 黒塗りのベンツ。もちろん車のドアは先程の中年が開けてくれる。
「すみません、ありがとうございました」
 運転手、中年、両方に聞こえるように、大きめの声で言う。
 彼はにこりとしながら、すぐにドアを閉める。と、即車は動き出した。
「あの……すみません、突然お伺いして……」
 暗くて相手の顔は全く分からない。
「巽様は今シティホテルで仕事をされていますのでそこにお送りするように、言われています」
 シティホテル、の部屋?
「…………」
 2人きり? ホテルに?
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