絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 多分、ここで、この麻美の隣でなければ、きっと一生電話などできずにいただろう。
 ディスプレイに電話番号を表示してから、最後に聞く。
「今、あなたの隣にいることは、言わない方がいいですよね?」
「言う必要はない」
 いざとなれば、この人が助けてくれる。
 そう信じて、通話ボタンを押した。
 コールを聞いて、ようやく思い出す。
 時差のことを、忘れていた。
 えーと、こちらよりは一時間くらい遅いかな……ということは、今何時?
 確認しようと携帯を耳から話したところで、表示画面が変わった。
『もしもし?』
「もしもし、あのっ、夜分遅くにすみません、私、香月です。あの……」
『はい』
「えっと、あの、私、車を……頂いた車を返したくて、お電話したんですけど、リュウさん、いらっしゃいますか?」
 巽のスーツを見つめて喋る。そうすることで、自分の言葉を全部この人が修正してくれる気がした。
 彼はといえば、相変わらずタバコを吸いながら、じっと窓の外を見つめている。
『……少し待っていろ』
「……はい……」
 この人の名前、何だったかな……。それすらも忘れていた。
 保留音が長く続き、留守だとか、今はちょっと、といわれれば、もう電話もかけることができないかもしれない、と思う。
 だが、その予想に反して、長い保留の後、彼は出た。
 久しぶりの生声に言いにくさが倍増する。
『はい』
「あの、夜分遅くにすみません、あの、どうしても、お話したいことがありまして……」
『車を返したいと?』
「え、あ、はい……」
『飽きましたか?』
 彼は笑いながら喋っている。その余裕がまた怖い。
「いえ、あの……阿佐子が……。あの、阿佐子がですね……」
『阿佐子……樋口阿佐子さん?』
「はい!」
 思い出すのに時間がかかってなかったか、今……。
「あの、阿佐子が……自殺未遂をしました。最近」
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