絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「え……あ、そう……ですか」
『ではまた、後日』
「はい、では……」
 さようならというべきかどうか迷っている間に電話は切れた。彼はまさか、相手が電話を切るのを待つような習慣はない。
「……あー、汗かいた」 
 携帯電話を持つ手がだるく、今はもう力が入らない。
「まあまあの成果だな」
 麻美は短くなったタバコを灰皿で消しながら言う。
「うん、車は簡単に取りに来てくれるって言ったよ」
「いつ?」
「それはまた連絡するって。良かった、結構簡単に納得してくれたよ」
「他には?」
「他……、……あなたと喋るのが嬉しかったって言われたかな……」
「日本に来た時は覚悟しておいた方がいいぞ」
 彼はに少し笑って言う。
「えっ、何で?」
「お前は簡単に奴を信じてどこまでも付いていくだろう?」
「え……だってなんというか、危ない人だって分かってるけど……、人間としては普通な気がするかな。例えば……」
「例えば?」
「例えば……、あ、そう。お兄さんの話とかお父さんの話をしてくれたときとか、普通だったなあ……」
「……どんな話?」
「えー……うーん、忘れたけど、お父さんは厳しくて、お兄さんも厳しかった、とか」
「……」
「けど良かった、本当に、電話してよかった」
 にっこりと彼の方を見る。
「そうだな」
 彼も少し笑っている。
「本当……、自分一人じゃきっと何もできなかったから」
「奴から連絡がきたら、ここに連絡を」
 彼は一枚の名刺を取り出し、その後ろに十一桁の番号を書く。
「俺の携帯だ」
「……どうしてそこまでしてくれるんですか? 私、何かお礼しなくていいですか?」
「何ができる?」
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