絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
阿佐子の分岐点
 年の瀬。12月24日水曜日も、香月と宮下はもちろん仕事である。しかしその前日、運良く休みがとれた2人は、一日中ベッドで過ごし、リラックスした一日をすごした。
 そして翌日の仕事は2人とも午後から。幸せな約2日のクリスマスであった。
 宮下はよく笑い、よく食べ、よく眠った。付き合う前に比べるとずいぶん人間らしい一面を覗かせるようになったと思う。
 まるくなった、という表現が一番分かりやすい。
 榊と会った後からは、口にはしないがずっと気にしているような気がした。
 こちらからもあえてその後のことには触れていない。
 この先も触れる必要はないだろう。
 BMはまだ車庫にある。後ほど連絡をすると言われているが、一週間経った今も未だにかかってはきていない。多分お金持ちというのは車を人にプレゼントしてもこちらが思っている以上に何ともないのだと思う。つまり、急がない用事のオリテル待ちだと、解釈している。
 代わりといったらなんだが、小さな軽乗用車を買った。人生で初めての高価な買い物であった。自分で出すようになって気づいたが、車というものは意外にガソリン代がかかるし、やはり贅沢品だとつくづく感じた。
 会社までなら歩いても十分である。そこをわざわざ車を使ってガソリン代を消費させるなど、エネルギーの無駄遣いも甚だしい。
 そう思いながも仕方なく、朝から自動車で出勤し、帰りは宮下のマンションの来客駐車場まで自車で乗り付けていた。来客駐車場は住人の専用駐車場より少し遠い。そのほんの少しの距離のためになのかどうなのか。
「車。近くに停められるように、駐車場借りようか」
 という宮下のセリフにどんな意味がこめられていたかは、全く不明。
「いいよ、もったいないし」
 顔を見て言う勇気がなかったので仕方ない。その時彼がどんな顔をしていたのかは、分からなかった。
 さて、個人的クリスマスも終わり、本日出勤30分前になり、そろそろ本格的に化粧を施し、髪の毛を整えていた時だった。携帯電話の電子音がリビングに鳴り響いたのは。
 ああ、何かミスでもしたかな、と少し不安に思いながらもとりあえず、髪を結い終わってから出ようと鏡を見つめる。
 電子音は5回ほどで鳴り止んだが、それと同時に宮下の「もしもし」という声が聞こえた。
 まさか宮下は会社の人からの電話には出ない。なのに、出たということは、相手はもしかして……。髪を結う手が髪から外れたのと同時に、髪の毛が肩にぱさりと落ちた。
「愛、電話。榊さんから」
 鏡を見つめる自分の顔が高潮しそうになるのが、心臓の高鳴りですぐに分かる。
「なんだろう」
 ようやくそれだけ言うと、櫛を置いて携帯電話を受け取った。
 宮下はすぐ側にいる。
「もしもし……」
『もしもし。俺だ』
「うん」
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