絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 ICU集中治療室。今、そこにあの阿佐子が眠っている。 
 榊が電話をかけてきたということは、本当に危険な状態なのだろう。
 目が覚めた後、会いに来る勇気が出るかどうかは分からない。
 まだBMは車庫に放置されたままであり、なお自殺未遂した直後に車を返しに行くという行為で自己嫌悪になっていた時期もあった。自殺未遂したから車を返す、自殺未遂しなかったら、車を返しに行かない……。
 長い友人生活の中で、彼女を信じていたし、尊敬していた、憧れてもいた。
 素直に彼女を好いていた、それだけは確かだ。
 ナースステーションで場所を教えてもらい、エレベーターで3階へ上がる。それから連絡通路を通って、南の棟へ進み、またエレベーターで上がる。その部屋は5階にあった。
 エレベーターのドアが開き、まず一人姿が見える。
「あぁ、久しぶり。連絡がいったんだね」
 逆光で顔がよく分からないが、声と雰囲気で表情を思い出す。
「お久しぶりです」
 漆黒の髪の毛とすらりとした体つきがよく似ている。
「来てもらって悪いんだけど、今は中に入れないんだ。親族しか」
「そうなんですか……」
 さすがに兄の表情も暗い。
 阿佐子の兄、慶一郎の後ろにはガラスの自動ドアがあり、そこがICUの入口だということがすぐに分かる。
 ただ、ここからは中の様子はよくは見えなかったが、青白い顔の彼女が、ぴくりともせずに、酸素マスクをつけられ、腕からも、胸からもいくつかの管が伸びている様の想像がついてしまうのは、この独特の消毒薬の匂いのせいかもしれない。
「……さっき中に入ったけどね。全然反応がないんだ」
「……」
 重く、重くのしかかる。
 阿佐子の寝顔が、慶一郎の声が。
「ちょっと、何か飲もうか」
 何も考えず、慶一郎の声に従う。
 今、自分は息をしていただろうか?
「おやじは一旦家に帰らせたよ、なんか仕事の連絡も入ってたから。僕はまあ、自由がきくからね」
 そういえば、慶一郎はコンピューター関係の研究者で、単身で研究所に勤めていた気がする。
「……そうですか……」
「あんまり交友関係のことはよく知らないけど、まさか阿佐子が失恋で死のうとするなんて……そんな弱いとこがあったなんてな。相手はどんな男なんだか……。こうなってることも知らないだろうに」
 思わず窓辺に手をついた。そうでもしなければ、立っていられなかった。
「……」
「遺書……かどうなのかは分からないけど、なんか紙にね、
『お願い、私だけを好きでいて』
って。話しによると、自分から車でトラックに突っ込んだとはいうが。……自分からなんて、信じられなくてね、免許もとりたてだったっていうし……。
……何か知ってる?」
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