絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 慶一郎の澄んだ黒い瞳がこちらを捉えて放さない。
「……」
 うんともすんとも、言葉が出ない。
「もし、男が絡んでいるとすれば、夕貴のことかな、と思うんだけど。違うかな?」
「え?」
 予想だにしない名前に驚いたせいで、声も出ない。
「……あ、来た」
 来たって誰が?
 後ろを振り返ると、こちらを見て、驚いている懐かしい顔が一つ。
「……びっくりした」
 ここ数年、一度も会っていない。そう、噂は幾度か聞いた。
「そうなんだ。まさかあいつが失恋でこんな……」
 慶一郎が阿佐子の話をし始めたが、今夕貴が驚いていたのは、香月の存在だったということに、香月は当然気づいていた。
「あ、ああ、失恋……」
 夕貴はようやく慶一郎に話しを合わせる。
「相手は誰なのか……」
「……」
 夕貴はちらとこちらを見る。知っている、という合図なのか、それとも……。
 香月は反応に困り、とりあえず無視した。
「あの、それで……意識は戻りそうなんですか?」
 夕貴論が浮上したせいで、責任逃れという感情が簡単に生まれてしまう。
「分からない。内臓はわりと平気になんだけど、脳が……。とにかく、様子を見ないと何も分からないって。もし、その相手がここに来てくれたら何か起こるかもしれない……そう考えてしまうよ……」
「阿佐子からは何も?」
 夕貴は真剣な眼差しで慶一郎を見上げた。おそらくその一言で慶一郎の疑念は少し消えただろう。
「……何も。兄弟でも男と女だからそんな話もしないしな。びっくりしたよ。この正月は家に戻るつもりなかったけど、まさかこんな……」
 続きがあったのかどうかは分からない。そこで慶一郎の携帯電話が鳴り、長引くようなのか彼は話をし始めると、廊下の奥の方へと歩き始めてしまった。
 残されたのは、たった2人。
「久しぶりだな、ほんとに」
 夕貴は窓の外を見ながら、どうでもよさそうに言う。黒づくめの私服は変わらないまま。少し明るい茶色の髪の毛も、そのままで、ただ前髪だけが長くなった気がした。
「本当ね。今は何をしてるの?」
 香月は一歩、夕貴に歩み寄った。
「クラブのオーナーだよ」
 その、自信に満ち足りた表情はあの時のまま。
「あ、そっか、独立したんだったね」
「もう2年になる」
「そっか……、そんなに会ってなかったんだ」
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