絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
夕貴と最後に会った日のことを香月は思い出すことができなかった。そのくらい、普通のいつも通りの逢瀬だったのだと思う。
たいてい、阿佐子に呼び付けられて3人は豪邸で落ち合っていた。その時夕貴は既に大学を辞め、ホストとして仕事をしていた。羽振りが良かったが、阿佐子がそれを鼻で笑っていた記憶がある。
会わなくなった理由は自分でも、よく分からない。阿佐子が夕貴を誘わなくなったのが、一番大きな理由だとは思っているが。
この2年の間に夕貴が結婚をしたということは、阿佐子から話しだけは聞いていた。結婚式を挙げない夕貴に対しての不満が、幾重にも連なっていた記憶は今も新しい。
「あ、独立おめでとう。阿佐子がいなきゃ……なかなか一人ではお店には行けないけれど」
「……そうだなあ……」
彼はまた窓の外を見つめた。
「さっきね、お兄さんが、失恋相手は夕君じゃないかって、疑ってた」
「え、阿佐子の?」
本当に驚いている時は、自分自身の驚きを制している。ああ、彼は変わっていない。
「うんそう」
別に、こっちを見てほしかったから、わざと驚くように言ったわけではない。
「そんなばかな……。俺、結婚したんだよ」
「だよねえ」
「何だよあいつ、何でそんなふざけたことを……」
「あー、そうなの……。あ、いやね、……うーんと、言っていいのかな」
慶一郎から聞いた遺書のことを、他言してよいものかどうか、言いながら迷う。
「いいよ。後で聞いてないふりするから」
簡単に約束するが、もちろん内容の重要さを分かって言っているのが夕貴だ。
「うん……、ね、場所変えない? ここじゃ、落ち着かないから……」
「そうだな。とりあえず、ロビーでも行くか。ここに居ても仕方ないし。どうせ中入れないだろ?」
「うん……」
「まあ、青白い顔見たって、余計可愛そうな気がするだけだろうけどな」
2人はそれ以上口にせず、同時にエレベーターに乗り込む。ドアが閉まる瞬間も、慶一郎の姿は見えなかった。
来た道を戻り、南棟のロビーの端のソファに2人で腰掛けることにする。
夕貴は座る前に自販機まで歩くとボタンを2回押し、カップを2つ持ってこちらに近づき始めた。
確信していた。中はコーヒー、紅茶以外の物である。
「はい、ココアなら飲めるだろ?」
「うん、ありがとう」
病院内はそこそこ暖かいが、こうやって暖かい物に両手で触れるだけで、随分落ち着く気がした。
「朝……10時くらいかな。突然電話がかかってきて。慶一郎さんから。阿佐子が事故にあって、もしかしたら長くないかもしれないから早めに来て欲しいって」
たいてい、阿佐子に呼び付けられて3人は豪邸で落ち合っていた。その時夕貴は既に大学を辞め、ホストとして仕事をしていた。羽振りが良かったが、阿佐子がそれを鼻で笑っていた記憶がある。
会わなくなった理由は自分でも、よく分からない。阿佐子が夕貴を誘わなくなったのが、一番大きな理由だとは思っているが。
この2年の間に夕貴が結婚をしたということは、阿佐子から話しだけは聞いていた。結婚式を挙げない夕貴に対しての不満が、幾重にも連なっていた記憶は今も新しい。
「あ、独立おめでとう。阿佐子がいなきゃ……なかなか一人ではお店には行けないけれど」
「……そうだなあ……」
彼はまた窓の外を見つめた。
「さっきね、お兄さんが、失恋相手は夕君じゃないかって、疑ってた」
「え、阿佐子の?」
本当に驚いている時は、自分自身の驚きを制している。ああ、彼は変わっていない。
「うんそう」
別に、こっちを見てほしかったから、わざと驚くように言ったわけではない。
「そんなばかな……。俺、結婚したんだよ」
「だよねえ」
「何だよあいつ、何でそんなふざけたことを……」
「あー、そうなの……。あ、いやね、……うーんと、言っていいのかな」
慶一郎から聞いた遺書のことを、他言してよいものかどうか、言いながら迷う。
「いいよ。後で聞いてないふりするから」
簡単に約束するが、もちろん内容の重要さを分かって言っているのが夕貴だ。
「うん……、ね、場所変えない? ここじゃ、落ち着かないから……」
「そうだな。とりあえず、ロビーでも行くか。ここに居ても仕方ないし。どうせ中入れないだろ?」
「うん……」
「まあ、青白い顔見たって、余計可愛そうな気がするだけだろうけどな」
2人はそれ以上口にせず、同時にエレベーターに乗り込む。ドアが閉まる瞬間も、慶一郎の姿は見えなかった。
来た道を戻り、南棟のロビーの端のソファに2人で腰掛けることにする。
夕貴は座る前に自販機まで歩くとボタンを2回押し、カップを2つ持ってこちらに近づき始めた。
確信していた。中はコーヒー、紅茶以外の物である。
「はい、ココアなら飲めるだろ?」
「うん、ありがとう」
病院内はそこそこ暖かいが、こうやって暖かい物に両手で触れるだけで、随分落ち着く気がした。
「朝……10時くらいかな。突然電話がかかってきて。慶一郎さんから。阿佐子が事故にあって、もしかしたら長くないかもしれないから早めに来て欲しいって」