絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「……」
 顔色も変えない。
「あっ、あれはだからっ、車にっ……。今は車のキーはえっと……、えっと……」
 バックの中だったか、自宅のデスクの上だったか……。
「体にもあるだろう」
「体?」
 香月はようやく、男の目を見て会話を始めた。明らかに、相手が間違えていると、確信した証拠でもある。
「……」
「体に紋章って……」
 タトゥを入れているかどうかという意味だろうか?
「タトゥとかですか?」
「……」
 男は一度、ぎらりと睨むと、ふいっと振り返り、ソファに掛け直した。
 香月は、どうしてよいのか分からず、また最初のまま、ただ立ち尽くす。
「飯でも食え」
「……」
 どうしよう……。ここは、言いなりになった方がいいのだろうか。
 香月は、しばらく考えてから意を決すると、一歩一歩踏み出し、ようやく、テーブルの上の冊子に手を伸ばした。
 HOTELという英語だけが表紙から読み取れる。そこでようやくここがホテルの一室であることが分かった。中をゆっくりと開く。
 しまった、中国語と英語の表記しかない。英語よりは、中国語の漢字の方がニュアンスが分からないでもないが、どちらにせよ、内容がわかるほど読めはしない。
「あの……読めなくて……」
 ソファで既にパソコンに向かっていた男は、こちらを見ずに、手を伸ばす。
 香月は冊子を手渡すと、一歩だけ寄った。
「何でも食べられるのか?」
「はい……」
 返事をしたものの、考え直す。好ききらいがないわけではない。
「飲み物は?」
「なんでも……」
 彼はそれだけでメニューを決定したのか、すぐそばにある備え付けの電話で中国語で注文をした。何を注文したかは、全く不明。
「それまでシャワーでも浴びてろ」
「……え……」
 香月は、返答に困ったが、そこで再び突っ立っても仕方ない気がして、一旦リビングから出た。
 なんだかなあ……。
 まさか裸になる気などせず、洗面所でもう一度顔を見つめて考える。
 自分が人質ということは分かっているが、それ意外がよくつかめない。あの男もどういう人物なのか全く分からないし、リュウだって、危なそう、いや、危ないということしか分からない。
 このまま、助けられたとしても、何か迫られたらどうしよう……。
 まさか中国になんか居残る気など全くないし、遠距離恋愛などさらさらするつもりもない。
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