絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

ユーリの分岐点

 阿佐子は意識を取り戻さぬまま、年が明けた。
 夕貴とは頻繁に連絡を取り合う一方で、宮下のことは目にも入らぬような、乾いた時間だけが流れた。
 人が一人死にそうだという時に、恋だの愛だの浮かれている場合ではないのだと、自粛精神でもって相手を攻撃した。だがそれは、不安と焦りと、尋常ではない事態への興奮からきたことだから、受け止めると、宮下に言われた。
 あまりにも、大人すぎる意見に、泣きたくなるくらいであった。
 頼りたいのは、もはや宮下ではない。
 それを、分かってほしかった。
「……ふざけてるなあ」
 それは、目の前のテレビに向かって放った一言ではなく、目の前の問題に向かって放った一言。
 香月は、足を組み直して、自宅ソファにどさりと背をもたせた。
「ここのマンションはわりと、いい所でしょう?」
 ソファの隣に腰掛けてきたのは、真籐。抜かりなく自分はコーヒー、香月にはオレンジジュースを用意してくれている。完璧な主婦だ。
「ですよねえ……。最初はどうしようって戸惑うことも多かったけど、今は慣れるとだんだん楽しくなっていいですよね。でも多分、このメンバーってとこが肝心なんだとは思いますけど」
「うんそう、僕も住む前は、こんなもんだろうなって予想はしていましたけど……実際ここに来てからは、ああ、ここへ来てよかったなって思えます。
 仕事が同じだと殆ど同じ生活なんですが、ここでは、自分で作った食事を皆が食べてくれるし。ユーリさんも面白いし。最初、ユーリさんはちょっと怖い人だと思いましたから」 
 真籐は笑ってコーヒーを飲む。
「どんなところが?(笑)」
「一番最初にここへ挨拶に来たとき、威嚇されてるなあって思いましたよ」
「( 笑)威嚇( 笑) 」
「まずかったかなあって最初は心配でした。けど、まあ、香月さんが知り合いだし、どうにかなるかなって」
「けど今は全然違うでしょう?」
「そうですね。最初はこんな穏やかな人だとは思えませんでしたから」
「そうだったんですかぁ。私は、ユーリさんと最初に会ったときは、レイジさんと一緒だったから、最初から穏やか、というか。レイジさんが怖い人だと思っててユーリさんはそれとは対照的だったから馴染みやすかったですよ」
「あぁ、レイジはパッと見怖そうですからね」
「うん……実際暮らしてみて、まあ、怖いといえば、怖いかなあ。なんか、変なイメージがあるせいかもしれませんけど」
「なるほど」
 これ以上詳しく話すのは恥ずかしいし、また意味がない。
 遠くで携帯電話の音が聞こえていることに気づいた。
「あ、私かな……」
「僕はいつもバイブにしてます」
 そういえば部屋に置き去りにしている。
 オレンジジュースを一口飲んですぐに立ち上がると、部屋へと入る。
 デスクの上の携帯電話は一旦音が切れた。
 ディスプレイを確認。
< 189 / 202 >

この作品をシェア

pagetop