絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

生意気な新人

 2月の社内人事移動が大規模なものになる。
 その噂は昨年から実しやかに囁かれていた。香月も一番印象に残る会話をしたのが、例によって西野である。西野にはどんなコネがあるのか知らないが、辞令の前に自分の店舗の店長が新たに誰になるのかを把握していた。
「宮下店長もよかったけどな……まあちょっと甘いけど。俺的にはこう、追い詰めてくれる人の方が好きだからさ、吉川店長なんか悪評高いけど好きだけどねえ、セクハラの噂も耐えないけど(笑)」
 宮下の名前が一度出ただけでドキリとした。
 そして辞令はいつになく早く、1月半ばに出た。西野の予言通り、西野の店舗には吉川が移動になった。
 そして大半の社員が目を見開くことになる。
 本社の大物の名前が幾人か店舗に降りてきていた。
 ここで玉越でもいれば、その理由がいち早く分かったかもしれない。
 だが彼女はもうここにはいない。
 皆掲示を見て騒ぎ、首を傾げた。
 香月の店舗に来るのは、誰もが噂したことがあるあの名前。菜月聡介、18歳であった。
 アルバイトではない。もちろん正社員。
 何でも1年前に入社してから本社で経営部の中心として活躍しているらしい。いくつかのプランが彼の案であると噂された。ハーバード大学を15歳で卒業するほどの天才、という話である。
 その彼が何故この店へ?
 そして大物が何故接客を?
 辞令が出された当日に公休だった者が、翌日出勤して再び騒ぎ始めた午前9時、テレビ会議があると、知らされ、全員がスタッフルームへ入った。
 トップス会議のようである。
 多分きっと、これほどの、仕事に差し障りのない内容を真剣に聞いたことがある者は今までいなかっただろう。
 社長が長々と説明した、大物が下に下ろされた理由はこうであった。
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