絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 2月1日移動日初日。昨日まで香西副店長と呼んでいたのを今日から店長と呼ぶことに一瞬ためらったが、はっきりと発声することに成功する。
「香西店長、おはようございます」
「おはよう。香月が一番だよ。そう呼んだの」
「一瞬考えました(笑)」
「いっそのこと、みんなさんづけにすれば面倒じゃなくなるのになあ」
「そんなわけにいかないですよ」
 いつも打刻する店舗用パソコンの先で初めて目にする。皆遠巻きにしているだけ。非常に近寄りがたい雰囲気。
 あれが、菜月聡介か。
「見た目はやっぱり少年だなあ」
「え、うーん、そうですかね?」
「香月的にはおっさんくさい?」
「うーん、やっぱり制服着てたら20歳は超えて見えるような気がします」
「そうかなあ」
 菜月から聞こえるかもしれない、その立ち位置ぎりぎりまで香西は彼の話をする。
「おはよう」
 その声はいつもと同じだ。
「おはようございます」
 無表情この上ないメガネの菜月、背は高く、色白。さすがに18には見えない。
「おはようございます」 
 いくつも年上だが、とりあえず丁寧声の香月に菜月は、「……」と何故かシカトしてそのまま去っていく。
「私、無視されましたよね……」
 香西に確かめたが、彼は既にパソコンに向かってこちらにもシカトされる始末。
 そりゃあまあ仕方ない。香西は名のある社員だが、こっちは無名だ。だからって挨拶もしないのか、あいつは!
 そう思っていると、「なんだあいつは!?」という中年クマ男の声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
 いや、あんまり話したくないけど、独り言扱いされると可愛そうかなあと思って。
「おはようの一言も言えねーのかよ、あいつは!」
「えっと、菜月さんですか?」
「年は息子より下だってのに、なんだよあの態度は。身分は上だろーが、そこんとこ分かってないよーじゃ駄目だね」
「……」
 そこで、まあ、とか、はあ、とかいうのも面倒なので、とりあえず会話をシャットダウンするつもりで、パソコンへ向かう。
 時刻は9時半30秒前。つまり、遅刻30秒前だ。
「香月!」
「はい!」
 香西の大声が突然飛んだ。
「悪い、上から朝の資料とってきて」
 えーーーーーーーー!?!?と内心そりゃあもう叫んだが。
「はい!」
 の一言しか言わないさ、これが上下関係ってやつ。
 だって、間違いなく今店長室から降りてきたのに、何故一番大事な資料を忘れるかなあ、しかも今から使うのに!
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