絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 これ以上、自分にできることはなかったはずだと、何度も自分に言い聞かせる。優しくすることが、相手のためになるというわけではない。
 きちんと、誠心誠意相手の方を見てきた、その結果というものだった。
 香月は、周りのことを忘れて、ひたすら俯いていた。
「香月、呼んでる」
 思いもかけない方向から声がかかり、そちらを向いた。
 菜月はよく見れば男前。
「えっ?」
「トランシーバー」
 寺山美紀も言う。寂しげな顔をしながらも、やっぱり今日も美人。
「へっ?」
 そういわれても、イヤホンの声は耳に届きはしない。
「えーっと……」
「食事の時間終わったって、呼んでるよ」
「え――――――――――――」
 と、腕時計を見たものの、いつまで休憩時間だったか一瞬思い出せない。
「……」
「早く行け……」
 菜月の溜息と同時に出た言葉にいやに腹が立ったが、今はそれどころではない。トランシーバーでこんな呼び出しをされるなんて、最悪だ。
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