絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「……」
 香月は無言でテーブルに出された一枚の黒い紙を手に取った。
 『クラブアクシア オーナー   巽 光路』 
 白文字でそう書かれている。
「クラブ……」
 そこがぱっとしないのが、一般オーエルの香月である。
「クラブって……お姉さんがお酒注いでくれる所……ですか?」
「大人が酒を飲む場所だ」
 男は煙を、香月がいない方向に吐きながら言う。
「……」
 どういうことだろう。逆に分からない。いや、クラブの意味のことではなくて、そんなただのクラブのオーナーがこんな中国で一体何を?
 よく言う、シマ争いの延長……とか……。まさかなあ……。
 香月は名刺をテーブルの隅に置いて、立ち上がった。ソファの後ろへまわり、窓の側に寄る。高層ホテルだ、どこだか知らないが向こうの海までよく見渡せる。
「あの先に日本があるのかな……」
 男に聞いたつもりだったが、シカトされたのか独り言だととられたのか、その返事はない。
 帰りたいな……日本に。本当に帰れるだろうか……。皆、心配してないだろうか……。
 心配はしてないか……。連休とって、香港に行くってちゃんと言ってきたからな……。
「私、いつも変なことに巻き込まれる……」
 男はずっと無言で、ただ時々パソコンをたたく音だけが聞こえる。
「どうしてだろう……。何もしてないのに……。でもたぶん今日なんかまだマシ。この前なんか監禁された……。でも今日は、話がちゃんと通じて……ご飯も食べられたし……」
 香月は過去の記憶が溢れてしまわないように、一瞬で遮断すると、窓から離れて、再びソファーの隅に座った。
「相手は警察官だった……。今は刑務所にいるけど。そのうち出てきたらどうしようって、また、同じことになったらどうしようって、時々、思い出す」
「監禁くらいならすぐに出てくるだろう」
 男は久しぶりに口をきいた。
「監禁、暴行でも同じかな……。分からない、もしかしたら何年ってもう決まったのかもしれないけど、もう関わりたくなかったからどうなったのか全然知らない。
 理由がね、好きだっから、なの。好きなら監禁するなんて絶対おかしい!
 絶対変……。
 それに比べたら……今回はまだなんか、なんだか分からないけど、それほど滅入らなくて済むような……。
 ……そんな感じかな……」
「車を調べたいと言われてパトカーに乗り込んだ……だったか」
「えっ!? 何で!?」
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