絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 巽は立ち上がって窓の外を見ていた。
「どうしてその……権利書と交換しないといけないんですか?」
「お前は知らなくていいことだ」
 いや、一番関係ある人だと思うんですけど……。
「もし、私がいなかったら何と交換してたのかな……」
「さあな」
 巽は本気で考えているのかどうなのか、その視線は宙を舞っている。多分、ずっとパソコンに向かっていたから目が疲れたのだろう。
 しかももういい年のはず。30代半ば……35は過ぎていると思う。
 さて、こんな状況下でも通常通り満腹になると眠気がさしてくる。香月はそれに逆らわずに、ソファでうとうとし始めた。
 時間になれば彼は起こしてくれるだろう。
 浅い眠りだったのか、夢を見た。逃げ回る夢。左腕を銃で撃たれたせいで、うまく歩けない。
 船内の廊下をぐるぐる走る。誰も助けには来ない。ただ、後ろから敵が追いかけてくる。
 左腕からは血が滴っている。
 誰か、助けて……。
「起きろ」
 目が覚めると、心臓がどきどきしていて、周りが明るいことにほっとする。
「11時には出る」
 巽はそれだけ言うと、リビングから出て行く。
 壁の振り子がついた高そうな木枠の掛け時計は、午後10時半。
「……」
 体が思うように動かない。変にソファで寝たからか、だるい。
 熱はない。もう少し横になれば、よくなる気がする。
 目は閉じないでおこう。そう思っていたのに、いつの間にか寝ていた。
「……おい、いつまで寝ている」
 ハッ、しまっ!
「外は寒い。これを着て行け」
 パサリとソファに投げられたのは、黒いロングコート。男物? 
 目を覚ますために、だるい体に鞭打って、コートを着てみる。やっぱり長い。裾はくるぶしまである。
 彼はこっちを見ているのかいないのか、ただ一言
「ついて来い」。
 ホテルを出ると黒いロールスロイスが横付けされていて、巽の後をついて香月は中に乗り込んだ。
 運転手と助手席にもスーツの男がいる。
 多分もう、巽と会話することはない。
 そう思った瞬間であった。2人の会話は多分、2人きりだからこそ成り立っているものであって、公にするものではない。
 なぜかそう理解した香月は車内で終始無言であった。
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