絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
そのまま30分は走っただろう。着いたのは、どこか全く検討もつかない港の倉庫であった。日本ですらあまり見かけない光景が、気味が悪い。
 到着して車から降りるなり、助手席の男に両腕を後ろで組まされて掴まれたので、改めて自分の立場を思い出す。
 そういえば、「人質」だった。
 黒塗りの車が何台か停まっていて、人も数人いるが、それが日本人なのか中国人なのか分からないし、敵なのか見方なのかも全く不明。
 ただ、長い髪の男を見たとき、それが誰であるかすぐに分かった。
「あ……」
 車のライトに照らされている数人の中の真ん中に立っている男、リュウである。彼の表情はよく分からないが、
 日本に帰れる!
 そう強く思った瞬間であった。
 リュウの前にはだかるように、巽達は立つ。交換の儀式が始まったのだ。
「先に渡しなさい」
 口を開いたのはリュウ。
 リュウの手先の男はジェラルミンケースを持って前に出ると、巽の隣の男も前に一歩出て、受け取り、中を確認している。どうやら、お金ではなく、一冊の冊子のようだ。権利書というのは、本当らしい。
「大丈夫です」
 男は小声で言うと、巽は
「返してやれ」
 と指示を出した。
 両腕はそれほど痛くはなかったが、離された瞬間、解放されたのだと、まっすぐリュウを見た。
 彼はこちらに早足で寄って来る。
 それが内心少し怖かったが、仕方ない。
「すみません」
 何の謝罪? と一瞬分からなくなったのは、リュウが両腕を伸ばしてその中に抱きすくめたからである。
 絡まっている長い髪の毛なのか、そのスーツなのか、はたまた体臭なのか、独特なお香のような匂いがした。
「帰りましょう」
 さっと腕を離すと、彼の足はもう車に向かっていた。終わったようである。
「とにかく、無事でよかった」
 そういいながら香月が着ていたコートを脱がせると、自らのコートを脱ぎ、着せ直してくれる。
「痛い目にはあいませんでしたか? 酷いことはされませんでしたか?」
「いえ……」
 全てが痛い目で全てが酷いことのような気がしたが、何も言わないでおく。
 リュウは後ろも振り替えらず、車に乗り込むと、すぐに発車させた。
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