絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 彼からの連絡は、特にない。なので多分、お金持ちというのは、そういう、車一台などどうとでもなるものだと、思っていた。
 そして、今回忘れたころに送られてきた、招待状。やはり、行かないわけにはいかない。
 たとえそれが、阿佐子が「香港マフィアのトップよ」とさらりと説明してくれた、相手であったとしても。

 そして3月最終日。この日だけはどうしても仕事が休めなかったので、最後まで残って働いてから、深夜12時、予告通りマンションまで迎えに来た黒塗りのベンツに乗り込んだ。
 乗り込みながら、思う。ここから先は、日本語が通じない。英語ならまだしも、中国語など、到底分からない。しかも、かしらであるリュウ様が親しくしてくれているだけであって、この使いの人がどう思っているかは全く分からない。
 ここで、この人達を怒らせたりでもすれば、自分はすぐに海に投げ捨てられるかもしれない……ずっとそんなことを考えながら、静かに息を潜めて海を渡った。
 一分一分、長い長い時間が過ぎる。
 本当に、こんな逢瀬、大丈夫だろうか……。
 まだまだ自分は死にたいわけではない。だが、あの車を乗り回している以上、断ることはやはりできなかっただろう。
 あの、綺麗なリュウ様にもう一度会える……。
 いや、会いたいのだ。そう言い聞かせて、あの美しく端正な顔を思い出し、前を見る。少し、酒を飲んで酔っていればすぐに終わる。2泊3日。大丈夫、すぐに夜は明ける。
 午後4時。ベンツ、自家用ジェット、ベンツの次は淡々と小さなクルーザーに乗りかえられ、岸からでも見える、停泊している豪華客船と呼ぶにふさわしい大型船の横につけられる。この大型船のビップルームで酒を片手にカジノをする彼の様を想い浮かべながら、桟橋を渡ろうとすると、驚いたことに彼が小型船まで迎えに来てくれた。
「ようこそ、香港……いえ、マカオへ」
 彼はさっと右手を差し伸べる。香月はその手に一瞬戸惑ったが、なんとか微笑んで手を乗せた。ワンピースが膝丈で助かる。
「お誕生日、おめでとうございます。今日は、お招きいただきまして、有難うございました」
 何度も考えた、最初の挨拶。
「ありがとう。どうでしたか、船旅は」
「ええ……とても、夜の海が綺麗で……」
 咄嗟にしては、ちゃんと会話になっていることに、一安心する。
「そうでしょう。それにしてもよろしかったのですか? こんな時間で。疲れたでしょう」
「こちらこそ申し訳ありません。深夜を指定してしまって……」
「いいえ。さあ、すぐに部屋に案内しましょう」
「あのっ、プレゼントを持ってきたのです」
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