絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 おいおい、まさかの3回目のクレーム処理。一週間で何回クレーム起こすんだ……。
 香月はシーバーで呼び出された後、カウンターの隅で伝票処理をしていた俺にその処理の相談に来た。
 本人もさすがに参っているようであった。
「すみません……」
「自信はあった?」
「え……」
 彼女は少し顔を上げる。
「携帯電話を、売れる自信」
「……多少。でも、半分は不安でした。ものすごく久しぶりだったので……」
「香月、フリーはいいけど、通りすがりの販売員じゃないんだ。できることとできないことをちゃんと分ける。ここは月島店じゃないから、それぞれの持ち場がちゃんとあるんだ」
「……はい」
「お客さんが待ってるのが耐えられなくてそうやって接客する気持ちはすごいよ。それは大事なこと。だけどそうやって中途半端になっていくと全部が台無しになるから」
「……はい」
「俺が後処を受ける。香月は売り場に戻っていいよ」
「……はい」
 泣きそうな顔だった、しかし言い過ぎたとは思わない。
 香月がカウンターから出るなり宮下が入って来る。
「何? 香月泣いてたけどさっきの携帯?」
「そんな言い過ぎたつもりはないんですけどね……。僕、今週で香月のクレーム処理するの3回目なんです」
「どんな?」
「まあ、オリテル忘れたとか……」
「へえ、珍しいな」
「普段はないんですか?」
「うーん……今まで何回かはあったかな……覚えてないくらい」
「じゃぁ、たまたまなんですか?」
「だと思うけど……なんかあったのかもしれないな。後で聞いてみる」
「え、何かってどいういうなんかなんですか?」
「え、いやまあ……」
 宮下は数秒視線を伏せてから一言、
「まあ、時々悩んでることとかあるから」
「仕事に対して?」
「いや、限定はしてないけど……」
 宮下の口調はえらく鈍い。それ以上聞く方が迷惑か、と思い何も聞かなかったが、宮下にしか知らない香月が存在するのかもしれない、と少し思った。
< 33 / 202 >

この作品をシェア

pagetop