絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「いいや……」
 ちょっと寂しいかな、と思わないでもない。香月の几帳面さは大事だが、まあ少し、ほんの少し、個人的に仲良くなりたいと思わないでもないような……。
「香西副店長は結婚してるんですか?」
 いいね、そういう世間話。
「してないよ。気楽な一人暮らし満喫中」
「いいですね!」
「けど、香月は何でルームシェア?」
「友達の紹介なんですけどね。まあ、気楽は、気楽かなあ」
 ちら、と隣が気になる。ちゃんとかけたシートベルト。スカートから少し出ている膝。弾むような高い声。
「どんな友達?」
「ミュージシャンのレイジと」
「えー! 芸能人!?」
「あとはバックバンドのメンバーの人です。知ってます?」
「さあ……レイジはテレビで見たことあるけど……。そのバックバンドの人って有名なの?」
「らしいですけど、私もよくは知らない(笑)」
「けど、どこで知り合うわけ? そんな有名な芸能人と」
「ここです、お店」
「え!? 客!?」
 過去に何度か、客と寝たとか、付き合ったという話は聞いたことがあるが、聞く度にどういう流れで? と疑問に思っていたが、今やルームシェアのメンバーとなる時代になってしまったのか……。
「そのバックバンドの人と仲良くなって、それで、ルームシェアを紹介されたんです」
「へえー、けどあそこ、家賃高いだろ? 何十万とかいうレベルだろ?」
「私はタダです。それが最初の条件でしたから」
「ただ……」
 そう言われると、もうエロい妄想しか頭を回らないんですけど。
「あそう、ただ……」
「だって私22万しか稼いでないのに、そんな払えるわけないじゃないですか」
「あそう……」
 言葉を選んでいる間に、すぐに駅前の中華店についてしまう。「華」は、なかなか評判でよく雑誌にも載っているまだ新しい綺麗な店だ。デートのつもりなどさらさらないが、まあ女の子と一緒なのに汚い居酒屋というわけにもいかない。
 それに今日は飲む予定はない。従って食事のみの一時間コースである。
 店内はわりと人が入っており、カウンターも所々、ボックス席も奥に2つ空きがあるだけだった。
「あ! 香月さん」
 席に案内される途中、声がカウンターの隅から聞こえた。
「あ」
 香月もそれしか言わない。案内された席がまたカウンターの奥だったから仕方ない。先に香西だけが、椅子に腰かけ、香月はカウンターの後ろで立ち止った。
「お久しぶりですって、もしかしてデートですか?」
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