絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 宮下昇は香西陽介の仕事ぶりをずっと見ていた。個性的で新鮮、なのに伝統的なその動きと考え方を。
 彼と松岡が入れ替わって、店は明るくなった。矢伊豆が2倍になったようなそんな感覚に似ている。当の本人達はお互いまだ一線を引いているようだが、それもすぐにとれる気がした。
「香月、悪い、これ頼む」
 香西は伝票をさっと手渡して、何の説明もしない。だが香月はそれをすぐに読み取り、電話機を取りに向かう。
 もちろん文句の一つも、顔色を変えることもない。
 だが子機を手に取り、一旦止まるとこちらを向いて、
「あの、宮下店長、さっき香西副店長にこれ渡されたんですけど、これって電話してって意味ですよね?」
 通じていなかったのがなんとなく面白くて、ふっと笑う。
「あぁ、そういう意味だろうな」
「はい」
 彼女はそのまままっすぐ仕事に向かう。
 香西を慕う人間はすぐにできる。そういう性質なのだ。明るくて軽くて、芯だけしっかりしている。どうでもいいところは、どうでもいい。
 特に似た性格の玉越と気が合っているようである。時に、玉越のおてんばに手こずることもあるのだが、もうこれからはその苦労はいらないだろう。
 店の売り上げは順調だ。人事も良い感じ。香月も落ち着いている。
 良い店だ……。
 宮下はそれが自己満足であることを自覚しながら、店をぐるりと歩き、見渡した。今は何をやってもうまくいく。
 そういう時期なのだ。
 だからこうやって、いつものように一人で食事をしていても、隣にすっと腰掛ける女性がいる。
 なんとなく分かる、その雰囲気。
「宮下店長」
 分かっている。
「あぁ、お疲れ」
「お疲れ様です……」
 香月はサンドイッチとジュースをテーブルにおいて、こちらを確認した。
「何?」
「そのお弁当、美味しそうですね」
「え? ああ、いつもの日替わり。美味しいといえばおいしいけど……」
「あの、私、聞いたんですけど」
「何?」
 弁当の話? にしては、随分改まっている気がする。
「お見合いなさったんですか?」
「え、俺?」
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