絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 取り繕ったがうまくはいかなかった。
「そうですか。いい物をいただきました。どうもありがとう」
 彼はにこやかに微笑みながら、櫛を元の箱に戻す。
「すみません……」
「何を謝っているのです?」
 まあ、これくらいしかできないことを……。
「そろそろ明け方です。カジノの終焉です。今夜はひとまず、もう寝ましょう」
「す、すみません、もう少し早く来れば良かった……ですね」
「いいえ、私はあなたが仕事を大切にしているというところも好きですよ。大切なことです」
「……すみ、ません……」
「何をさっきから謝ってばかり」
 彼は笑いながら言ってくれるが、さっきから、自分の選択がそれ以外になかったのにも関わらず、溜息と謝罪の言葉しか出てこない。
「疲れているのでしょう。今日はもう休みましょう。昼からは船内をご案内します」
「あ、ありがとうございます」
「船内には色々な施設があります。映画館にカジノ、プラネタリウムに、シューティングゲーム……」
「シューティングゲーム?」
 時間があるのだからプラネタリウムは見させてもらおう。
「ガンシューティングです。興味がありますか?」
「え、あ、全く経験はありませんけれど、ちょっと面白そうかなあと……」
「いいでしょう。明日はガンシューティングをご案内しましょう」
「あ、はい」
「……、では、私はそろそろ……」
「あ、はい。すみません、夜遅くに……」
「それはさっき聞きました。おやすみ」
「はい、おやすみ、なさい……」
 彼は終始ご機嫌で、しかもしかも紳士であった…。
 しかし、いったいどんな気持ちでこんなことを……。
 突然ハッと思い出す。
 香月はドアまで走って思い切り開けた。
 長い廊下にはまだ彼の後姿が、大きな黒づくめのボディガードの隙間からちらりと見える。
「あっあの! すみません!!」
 慌てて廊下を走り、その後姿に追いつく。
 彼はすぐにこちらを振り返り、何事かとその様子を眺めていた。
「……どうなさったのです!?」
「あっ、あの……言いそびれて……いました」
「何を?」
「すみません、私、車……どうもありがとうございました。直接会ってお礼を必ず言わないと、と思っていたのに、なんか、舞い上がってしまって……」
「あぁ」
 彼は優しく笑う。
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