絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「いえ……、特には」
 何でこんなことを矢伊豆に報告しなければならないのかと、内心、怒りが込み上げて来る。
「じゃあちょろっと遊じゃってもいいのにねえ。寺山君って人気じゃない?」
 これまた軽い玉越の大人の意見。
「噂の耐えない男だからな。いつもこうやって落としてるのかなー」
 西野は腕を組んで、口をへの字に曲げた。
「なんかこうやって堂々と言われたらドキっとしますよね」
 玉越は、矢伊豆の方を見て笑う。
「どう、香月」
 西野はこちらに真剣な視線を投げかけてくる。
「どうって、私は特に……好きとか嫌いのレベルじゃないし……」
「付き合ってみたら、意外と好きになるかもよ?」
 玉越は笑いながら誘うが、
「そんな、社内で嫌だろ」
 西野の意見は厳しい。
「まあねー、でもほとんど会わないじゃん。レジとテレビ。端から端」
「そそ、軽い噂多いけど、噂は噂だけってことも十分ありうる。俺みたいに」
 最後の一言に誰か突っ込むかなと思ったが、誰も触れず。
「……いえ、断ります……。そんなつもり、全然ないし」
「寺山を振る女現る、かあ。あいつ、振られたことあるのかな……」
 矢伊豆がぼんやり考える。
「あー、あーゆー人ってそーゆーのなさそうだから落とすまでしつこいかもねー。落とすまでが楽しいってやつ」
 玉越は、ここにきてようやく真剣に頷く。
「……」
 香月は数々の意見に言葉を失う。
「ま、嫌ならはっきり断れ」
 西野は相談ごとをすると必ず真剣に且つ、常識的な意見で返してくれるので、仲良しメンバーの中で一目置いている存在である。
 やはり今回も西野の意見は正しい。
 それが正しいと思うように、香月は寺山の誘いになど乗るつもりはなかった。
 そもそもタイプではないし。
 それに今は、好きだからといわれたって誰とも付き合うつもりはない。そんな時期なのだ。今は、一人、自由で気楽でいたい。
 誰かのことを好きになって、また裏切られたら、……どうすればいい?
 寺山に携帯電話の番号を教えていたのが少し痛いが、今度聞かれたらNOと返事をして、もし何か反応をしてくるようなら無視しよう。多分彼のような軽い性格だと、しつこく一人を追い回すようなこともないだろうと考え、少しほっとしたのもつかの間、
「香月さん」
 まさかこんなところで待ち伏せされると思ってもみなかった香月は少し戸惑う。
「少し、考えてくれたかな」
 午後6時に告白をされ、その5時間後の午後11時就業後。従業員出入り口で10時上がりの寺山美一はおそらくここで一時間近く待っていたと思われる。
「えっ……あぁ……」
「どっか行く? その方が話しやすいなら」
 背後で人の気配がする。ここを通らないと従業員は帰れないので、あとの数人がひっきりなしに通るだろう。
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