絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 この香水の匂いにも慣れた。この匂いがあるところにレイジがいる。それが嗅ぎ分けられるくらい、私たちは長い間一緒にいた。
「キスしていい?」
「嫌だって言ってもするでしょ?」
「嫌ならしない。だから答えて」
 そう言われると一瞬戸惑う。
「したくはない。だって、私は誰とでもキスできるような人じゃないから」
 何の言い訳だと自分でも思う。
「抱きしめられて、嫌じゃない?」
「慣れたよ(笑)、レイジさんはそういう愛情表現をする人だって分かってるから」
「そうじゃないよ、僕は好きな人にしかしない」
 腕から伝わる温かさに、冗談はいらないと言われている気がした。
「……そうだったね……」
「最後に聞く、僕のこと、好き?」
「……好きだとは思うよ」
 あまりにも真剣すぎて、言葉を一つずつ選ぶ。
「愛せる?」
「今はダメ。できない」
 多分さっき寺山と話したせいだろう。今の自分の状況が少し分かっている。
「今は?」
「うん……さっきね、私、同じお店の人に好きだから付き合ってって言われたの。だけどね、今私は付き合えないって思ったの。今はだめ。そんなこと、全然考えられない。その人が嫌いなわけでもなんでもないの、もしかしたら来年がきたら付き合おうって思うかもしれない。だけど今はそんな気が全然しないの。
 ロンドンの彼のことも確かにないことはない。だけどそれは……ないに近い。忘れないといけない対象だってちゃんと分かってるし、この人とは先に進んでも……進まない方がいいということもちゃんと分かってる」
「僕は、待ちたいという気持ちもある」
「(笑)、その会社の人も同じこと言った(笑)。だけど、そんなの全然分からないよ。もしかしたらそんな気持ちが全く起こらないかもしれないし。
 とにかく今はダメなの。色んなことが色々あって……。多分今は特に疲れてるのね。誰のことも大事には考えてあげられない。だけど、私レイジさんとユーリさんは家族だから、他の人よりはずっと大切に思ってるよ」
 レイジは足が浮くくらい強く抱きしめると呟いた。
「僕は君を愛したい」
 うん、だからね……と言いかけて笑いが出た。
「あぁ、こうやって会話をしているとレイジさんと話をしているなあって思うよ」
「……何が……」
「わがままなところ」
「そんなことないよ、僕は君のことしか考えていない」
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