絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「宮下店長、ちょっと」
 香西だ。
「何?」
 表情の雰囲気で分かる。宮下はすぐに香西と並んでフロアからスタッフルームへ出る方向へ歩みだした。
「あの、今度の監査のことなんですけどね……」
 頭をフル回転させる。まずは人気のないところまでは普通の会話でいきたいようだ。
「うん」
「誤差はほとんどないんですが一つだけ大きいエアコンが……」
「あぁ、部門長もそんなこと言ってたな」
「はい、それは僕が追究していくつもりです」
「うん」
 ようやく廊下に出る。ここには、見渡す限り、誰もいない。
「それで」
 やはりここで本音に入るようだ。
「江角のことなんですが」
「何?」
 香西もやはり疑っている。
「最近、香月にえらく付きまとっていたんですよね、休憩の時間も不自然に合わせるし、帰りもスタッフルームで時間を潰して待ち伏せしてるようですし」
「……それで?」
 平常心を保つ。香月を付きまとう男のことなんか、慣れっこだ。
「いつのタイミングだったか、レジでこそっと耳打ちしたな、と思ったら、突然香月が顔色を変えて……そこから先は見れなかったんですけど、その、驚きようとなかったらなかったものですから」
「……香月は嫌そうだった?」
 そこが一番重要だ。
「困ってる風には見えましたけど、目を合わせても逸らすし……嫌なら嫌って言いそうなんですけどね……」
「そうだな……」
「一部はうすうす江角の様子がおかしいということに気づき始めているみたいです」
「さっき西野とも話しをしててな。西野もイマイチさっぱりしないから信用できないって」
「でしょうね……。何か、こう、何か企んでいるのか……」
「……どんな?」
「いやまあ、僕はその香月とのことをよく見てますから、彼女絡みでこう……なんかなあってまあ具体的にはよく分かりませんし、完全な妄想ですけど」
「本社希望だからなあ……今ここで問題を起こすと不味いことはわかってると思うんだが」
「やけくそになってるってこともありますからね」
「……一度話しをしてみようか……」
「そうですね、事が大きくなる前に」
 そこまで感じている人が大勢いると思っていなかったので、香西からの報告内容には多少驚いた。
 しかもその近くにいるのが、また香月……。
 江角の狙いは一体何なのだろう。香月という女? それとも……。
 ぼんやり考えながら、とりあえず倉庫でも見てこようと軽い気持ちで廊下を抜け、一度階段を下りようとする。
 一瞬、踊り場から真下にいる男性の制服姿が見えた。
 手すりから身を乗り出してよくよく確認する。
「えす……」
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