絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 み、であることは間違いない。横顔が少しだが見えた。しかし、その先にある顔。
 見間違うはずはない。
 だって彼女はこの店の誰とも似ていないのだから。
「江角ぃ!!!」
 言ってしまった後に気づく。倉庫の声が静まり、電子音だけが響いている。
「すみません倉庫の方、作業を続けてください」
 宮下は誰にもバレないようにマイクで静かに言うと、階段を淡々と降り、香月の顎下を掴み、己の顔を近づけようとしていた江角の方へ向かった。
 香月がこちらに駆け寄ってくるだろうと思った。
「江角……」
 言いながら香月の顔を見る。だが彼女は顔を伏せたままでびくともしない。
「すみません」
 江角はすぐに頭を下げて謝罪を述べた。
「すみません、仕事中だと分かりながら……その、我慢ができませんでした」
 は?
 の一言をぐっと飲み込む。
「香月はどうなんだ?」
 言葉の使い方を間違えたかもしれない、そう思いながら彼女の顔が少しずつ上がるのを待つ。
「……すみませんでした」
「何故謝る?」
「私が……悪いんです」
「え? 香月、何……」
「すみませんでした、これからは気をつけます」
 香月に聞いているのにも関わらず、江角が代表するように頭を下げる。
「すみません、私が、……私も、これからは気をつけます」
 続いて香月も頭を下げた。
「……江角、お前はもう帰れ」
「え?」
「いい、今日はシフトが変更になった。今日はもう帰れ」
「え、でも、僕……」
「そんないい加減なことをしておいて、今から仕事にちゃんと戻れるのか!?」
 声が少し荒くなる。
「できるとは思います」
 またその反抗した返事に嫌気がさす。
「いい、もう帰れ。香月はレジが回ってないから早く上に上がれ。小野寺が呼んでたぞ」
 適当に名前を使う。
「え、あ……」
「早く行け。急ぎの用かもしれん」
「あ、はい」
 香月は誰も見ずにそのまま階段を早足で駆け上がり、バタンとドアを閉めて。
「江角、お前……彼女と付き合っていて我慢ができなかったという意味か?」
「まあ、近い形ですね」
 有りえない一言に、ある程度のショックを受けながらも、
「お前も大人だろ、ちゃんと分別はつけろ」
「はい、すみませんでした」
「もう帰れ……」
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