絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 そして自分もフロアに上がって香月の話をもう一度聞こうとする。ところが背後からまた声が聞こえた。
「宮下店長、動揺してるんですか?」
「動揺?」
 バカかこいつは、と振り返る。
「宮下店長が香月さんのことを見る目が違うの、バレバレですよ」
 宮下は大袈裟に溜息をつくと続けた。
「そんなことを疑う暇があるんなら、ちゃんと仕事しろ」
「……否定しないんですね」
 その、薄く笑ったような江角の態度に殴りたい気持ちが増幅したが、もちろん堪えて冷徹に。
「お前と違うんだ。仕事とプライベートは別だよ」
 とっさに出たその一言が何を示したのか、怒りのせいで自分でも分からなかった。
 宮下はそのまま階段を駆け上がる。後ろで何か声が聞こえた気もしたが、もう知らないふりをした。
 …動揺している?
 自らを落ち着かせようと、とりあえずゆっくり店内を一周するように歩きながら考える。
 江角と香月は付き合っている……。
 そう仮定すると、確かに全てが納得できる。
 その、レジで驚いていた件も、何かどうでもいいことだったのかもしれないし、待ち伏せも、何も、さっきのキスも……。
「私が悪いんです」
 確か、彼女はそう言った。
 私が誘った?
 倉庫に連れ込んだ?
江角がサボるのはそのせい?
 ぐるぐる頭を回しながら、ようやくカウンターまで戻ってくる。香月はいつも通りパソコンに向かって何か作業をしている。
 あの、香月が?
 倉庫に落とされて、レジに上がることを、泣きながら乞うた香月が、江角を唆して倉庫に行くなど……。
「香月」
 香月もこちらに気づいていたのであろう、手を止めて少し顔を伏せた。
「はい」
 だが、宮下はそれを制するように、パソコンの画面を見ながら話を続けた。
「話を聞かせてくれないか? また、後でゆっくりでもいい」
 誰にも聞こえないように、小声で。
「いえ……」
 香月は前を向いた。
「さっき話したことが全てです」
 その言葉に迷いはない……。
「……そうか」
 それ以外にかける言葉もない。
 香月は実はそういう女であり、自分の中の全てが妄想であった……。
 事実はそういうことなのか?

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