絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 一軒家をルームシェアしている自分がいまだに信じられないという気持ちに、よくなる。一つ屋根の下で何の関係もない男女が暮らすなんて馬鹿げているし、そんなことしたくもないし、考えたくもない。その考えは今も変わっていないが、ただ、今この家に帰るのは、由佳の赤ん坊が気になって仕方ないから。由佳が心配というよりは、子供の心配の方が遥かに比を占めている。最初は、知り合いの由佳がいるなら、引っ越しの手間のいらないここへ住んでもいい、嫌になれば出ていけばいいくらいの考えでしかなかったが、今はただ、俺がいなければ何もできない母子のために、絶対に自分が必要なんだと強く感じている。
 月の給料は知らぬ間に子供のために使うようになったし、またそれを勿体ないとも思わず、むしろそのために働き甲斐を感じていた。
 家庭を持つ。結婚をするということは、守るべき物を守っていくという当たり前の流れのことであって、それが損だとか得だとか、考えてはいけないと思う。
 俺が今しなければならないことは、子供を守り育てていくこと。
 絶対にその考えは間違っていないと信じている。
 西野誠二はその想いを強く心に抱き、玄関のドアを開けた。靴箱の上には若々しいインテリアが所せましと並び、我が家に帰って来たのだと、ほっとする。
 廊下を進んでいくうちに、子供の声が聞こえ始めた。母親があやしているのだろう、「あー」だとか「うー」という言葉にならない声で部屋の中を満たしている。
「ただいま」
 元気よくドアノブを開けた。
 誰もいない。
「あれ。一人でちゅかー?」
 答えるはずもない子供に声をかけるが、母親は見当たらない。午後10時という時間に子供が起きているのにも関わらず姿が見えないことは珍しい。子供が寝ていると思ってコンビニに買い物にでも行った隙に、子供が起きてしまったのだろうか。
「あれ、おーい」
 子供を抱いて、家中を回る。他のメンバーの部屋、寝室、玄関。車は持っていないので、キーで確認することは困難だし、靴もいつもどれを履いていたのか分からないほどに靴箱に靴が入っている。
「どこ行ったのかなあ……」
 不信感がだんだん怒りに変わってくる。まだ飯も食っていないのに、子供を預けさせられて、しかも責任者の母親がいないなんて実に不愉快だ。
「携帯、携帯……」
 呟きながら携帯に電話をかけてみる。着信に気付かずしばらく帰って来なかったら大変だなと溜息をつきながら、とりあえず居間で子供を下ろした。
 コールは10回以上鳴らしたと思う。ポケットの中でなかなか気づかないといけないからしばらく鳴らしたままにしようと、片手で子供をあやしはじめた時、相手は受話ボタンを押した。
「もしもし!? 今どこだよ! 陽太起きてるぞ!」
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