絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
『……今……、電車の中』
「え……」
 よく聞けば、後ろの雑音に車掌のアナウンスが聞こえる。
「どこ行くつもりだよ!」
『…………』
「おい! 陽太置いて、どこ行くつもりだよ! お前がいないと寝ないだろ!」
『せいちゃんとでも寝るよ』
「……どこ行くんだよ。いつ帰って来るんだよ!」
『…………』
「お前ふざけんなよ! 子供置き去りにして、俺が帰ってなかったらどうするつもりだったんだよ!」
『いつも帰って来るじゃん、2階にもみんないるよ』
「……どこだよ。今どこにいんだよ!」
『…………』
 後ろの雑音から聞き取ろうとしたが、電車の中であること以外は何も分からない。
「え……」
 そのまま電話は切れた。
 信じられないほどの、虚無感に襲われる。
 途中から子供が泣いていることには気付いていたが、会話に集中しすぎてテーブルのコップが倒れたことにはまったく気付かなかった。
 発信履歴で、もう一度通話ボタンを押し、携帯をテーブルに置いたまま、子供を抱き上げた。画面をずっと確認したまま、子供をあやすが、予想通り、相手は出ない。
 不安と焦りから、子供にかける声が荒くなり、子供もそれを感じ取って、なかなか泣き止まない。
 涙が出そうになるのを、なんとか溜息を吐くことで堪え、子徒をやさしく抱きしめる。今日、まっすぐ帰って来て良かった。帰りがけ、コンビニに寄ろうとしたが、無駄遣い防止のために行くことを諦めた。その時の自分の判断に祈るようにしがみつきながら、ふっと時計を見る。
「あ、腹減ってるのか」
 子供が泣き止まないのは、ミルクをほしがっているからかもしれない。それを思い出したのと、時計を見た因果関係は全くない。子供が何時間前にどのくらいミルクを飲んだのか、全く知らないからだ。
 3時間ほど経っているとしたら、200ミリくらい飲むだろうと予測して、粉ミルクをつ作る。生後2か月ほどは母乳で過ごしていたが、母乳が足りなくなり、粉ミルクに切り替えておいたことに、とりあえず安心した。
 このまましばらくして、飯を食った後、再び子供が寝た後に風呂に入る。そして明日は朝から出勤だ。
 誰に子供を預けるか、子供がミルクを飲む速度と同じ速さで考える。由佳がいないのなら、その親。母親がいるが、今は入院していると聞いているし、連絡先も知らない。次は自分の親? いやまさか、父はまだ定年していないし、母はパート、姉も海外だし、第一休みだったとしたって、親には頼めない。2階でルームシェアしている学生も思うように面倒がみられないし、最後にはやはり自分しかいない。
 明日一日は、休んで、何か案を考えるか……。
 なんとか気持ちを落ち着け、子供が寝入ったのを確認してから、先に携帯を手にとった。なんとか今日中に電話をかけたかったが、陽太が寝るのにぐずり、時刻は午前12時半を回っていた。
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