絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
起きている確率は半々くらいか。明日は出社になっていたから、もう寝たかもしれない。香月のシフトを確認することは、もはや西野の日課となっていた。 
 7回目のコール音を聞いたあと、10回鳴らす前に切ろうかどうか迷った時、
『もしもし……』 
 聞いたこともない、掠れた声が、電話越しに聞こえた。
「あ、悪い、寝てた? あのな……』
『……うん』
 寝起きなら頭が回転していないかもしれないが、世間話をするわけにもいかないし、すぐに本題に入るしかない。
「前話した、赤ちゃんの話、覚えてる?」
『え……うん。この前じゃん』
「うん、そう。今日、家帰ったら突然いなくなってな。子供置いて。しばらく帰ってきそうにない」
『え……』
 だからどう、というセリフは出てこないが、それでも香月なら助けてくれるかもしれないという気持ちで次の言葉を待つ。
『どういうこと? 家出?』
「多分……。俺が帰って来るの見計らって先に出たんだ』
『……外泊?』
「帰って来ると思うか?」
『え、嘘……本当に家出?」
「本人とは電話で少し話したんだ。そしたら電車に乗ってて……。ほんと、ほんとに……参ったよ……」
『……』
 返答に困っているようだ。
「明日、とりあえず休もうと思う」
『……うん、宮下店長に電話した?』
「いや、まだ。もう遅いし。俺も今まで子供寝かしてて。だから朝でいいかなと思って」
『そう……。とりあえず2、3日、休む?』
『そうだな……帰ってこなかったらそうするしかない。でも、突然子供を預かったなんて、なんか誤解されそうだし、とりあえず病欠にしようと思って。病気なら3日が限界かな。熱が出て3日。長い方だな……』
「もともとのシフトはどうなってるの?」
『今日から5連勤』
「3日休んでもあと2日あるね……私、一回行くよ。手伝いに」
『あぁ、悪いな……。自分である程度はできるけど……』
「うん、えっとね、明日私7時上がりだからそれが終わったらとりあえず行く」
『ああ……終わったら電話だけしてくれ』
「ああうん、そうだね、色々……手伝えたらいいし。私は全然経験ないから分からないけど」
『いや、いてくれるだけでいいよ。気晴らしになる』
「そう?」
『だってさ、もしこのまま帰ってこなかったら、俺、どうしろって言うんだよ……』
「……そうだよね……うん……えっと、赤ちゃんは今は寝てる?」
『また朝方ミルクに起きるだろうけど、それまでは多分』
「じゃあ西野さんも今は寝てた方がいいよ。明日の夜は私がいるからとりあえず大丈夫かもしれないけどさ」
『……夜?』
「え、あ、泊り込みって勝手に思ったんだけど」
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