絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「いや、それはいいんだが。どうして香月?」
「私はただ今日休みで、手伝いに来ただけです」
「なんだそうか……」
 2人はもう一度笑う。
「紛らわしいな」
「あ、どうぞそこのソファに座ってください」
 西野はじべたにあぐらをかいて赤ん坊を抱いていた。赤ん坊はミルクを飲みながらもう半分寝ている。
「はい、どうぞ」
 香月は行儀よく、ほどよい麦茶を出してくれる。
「ありがと……ところで……」
「はい」
 西野は赤ん坊を気にしてか、小声で返事だけする。すると香月がすぐに側に寄り、赤ん坊を抱き抱えると、部屋の隅の小さな布団に移動した。赤ん坊はその際、一度だけうーんと唸ったが、どうやらそのまま眠るようである。
「僕の子じゃありません。ここで一緒に住んでる子の子供です」
「うん」
 西野の真剣な表情はいつにない。
「僕はルームシェアをしてて、学生2人と、僕と、その母親と子供なんですが、その一人が去年妊娠して、相手は誰だか分かってるらしいんですが、責任をとってくれなんて、結局学校を退学して子供を産むことにしたんです。
 僕もある程度は応援しようと思って、3ヶ月前に産まれてから、極力手伝っていました。
 ところが、3日前、突然その母親がいなくなって。昨日電話で、その子を頼むって。それっきりなんです」
 あまりに予想外の展開に、返答に困った。
「それはまた……。それで香月が召集されたのか」
「一番、仲の良い……女の人に」
 西野はちらと香月を見たが、すぐそばに座り込んでいる香月はどこかぼんやりと窓の外を見ていた。
「そうだなあ……。施設に預けるくらいしかないだろうな……」
「なんか、施設って悪いイメージしかなくて……」
 西野は眉をひそめた。
「そんなことないぞ。妻がそういう施設で働いてるんだ。里親を探すのが目的のところなんだがな」
「えっ! あ、そうなんですか!」
 香月は西野より早く、明るい声を出した。
「仲村副店長だったら子供さんがいらっしゃるからと思って相談したんですけど、良かった。じゃあ、里親を探してもらったらいいですよね?」
「うん、そうだな、その登録している人の中から選ぶこともできるんだ。確か。で、気に入る人がいなかったら予約してもいいし、その間施設としても預けられる」
「へー! 良かった良かった」
 香月は今度は小さく声を出しながらも、西野を見つめた。
「良かったじゃん!」
 西野の隣に寄って、彼を覗き見る。
 だが、その反応は鈍い。
「俺……無理だとは思うんですけど、自分で育てられないかなって少し思ってて」
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