絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「はい、ありがとうございました」
 西野も行儀よく頭を下げた。
「最初は何事かと思ったけどな(笑)。良かったよ、とりあえず問題も分かって、解決策も見つかって」
「はい……、本当にありがとうございました。わざわざ、来ていただいて……」
「いや、いいよ。じゃあ、そろそろ」
 これ以上長居して、子供が起きてもいけない。
「はい、あ、私、送ります」
「いいよ」
「じゃあ、そこまで」
 西野と香月は目で合図すると、彼女だけ立ち上がり、先にリビングのドアを開けた。
「宮下店長には今日そのまま電話した方がいいぞ」
「あ、はい、言っておきます」
 靴を履いている間も、彼女はずっといつも通りだった。来るときは、彼女がまるでこの家の主のように思えたのだが、よく見れば全く違う。彼女も玄関の若い靴が気になるのかじっと見ている。
「ヒールの高い靴ですよね」
「そうだな……、じゃあな、また、店で」
「はい、すみません、どうもありがとうございました」
 彼女は一礼する。
 仲村はその生真面目な姿だけ視界に収めると、元来た道を戻り始めた。

「もしもし、西野です」
『あぁ、どうだ、体調?』
「はい、そのことなんですが……」
『うん』
「実は、すみません、仮病なんです」
『……あそう』
「すみません、実は理由があって、子供を預かっていて。それが言い出せなくて仮病を使いました」
『子供?』
「はい、友達の子なんですが、友達が行方不明になってしまって……。今、預かっているというか、完全に預けられている状態なんです」
『えー?……それは大変だな……小さい子?』
「まだ産まれて3ヶ月です」
『ええー……。そうか……それでか……。香月も手伝いに行ってるんだろ?』
「え、はい」
『昨日早上がりにしてくれって言い出してな、理由を言わないから断ったんだが、玉越がなんとか一時間頑張るってことで早上がりで帰ったんだ』
「え、そうだったんですか! 何も言わないから……」
『心配してたんだろうな』
「悪いことしました。すみません、僕が理由を言わなかったから……」
『まあ、言いにくい事情だったから、仕方ないさ』
「はい……それで、なんですけど。今仲村副店長に相談したら、奥さんがそういう施設に勤めてるから里親を探してくれるって話になって」
『それは良かったな』
「僕じゃ、ちょっと……育てられません」
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