絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 今、行きたい場所はロンドンではない。
 香月はぼんやりと東京マンションの一階ロビーのソファから窓から外を眺めて思う。
 2ヶ月、いや、1ヵ月少し、自分はよく耐えたのだと思う。
 何を守るためだろう。
 もう一度冷静に考える。
 自分と玉越は、西野や佐伯に比べればプライベートはどれほどの仲でもない。が、仕事上だけの仲でも、自分達は常に認め合い、前を向いて助け合ってきた、その関係を崩したくない。
 それを守りたかったに違いない。
 一番に、玉越のことを尊敬していたし、いつだってはっきりしたその性格と、上品で明るい口調には憧れてきた。
 だから、庇う?
 だとしたら、どこまで……。
 クラウンはエントランスから出てとっくに見えないのに、いつかまた入ってくる、入ってくるに違いない、という妄想が頭から離れずに胸が苦しい。
 苦しくて、鼻の奥がツンとなり、喉が痛くなる。
 それを制するように、唾を一口飲み込んだ。
 もう、いいだろう。
 もう、仕方ない。
 無意識のうちに、何度かは夢を見た。今がその時。
 携帯電話の充電はまだ十分にある。
 液晶のディスプレイには「宮下 店長」の文字。それしかない。この人しかいない。やはり、この人しか、いないのだ。
 西野、真籐、仲村、香西……様々な人の名前が浮かんではシュミレーションしてみたが、うまくいかない。
 やはり、宮下しかいないのだ。
 香月はようやくディスプレイを明るくし、発信ボタンを押す。
 どうか出て欲しい。それだけを祈った。今、出てくれないと、次いつ勇気が出るのか自分でも分からない。
 時刻は午後10時を過ぎていた。
 宮下は3回のコールですぐに電話に出た。
『はい』
 ほっとしたと同時に言葉を失う。
『もしもし? 香月?』
「……はい」
『どうした?』
「……今、お店ですか?」
 店内放送が微かに聞こえる。
『ああ。どうした? なんか相談か?』
「またって思いますよね……。私、いつも相談してばっかり……」
『そんなことないよ、悩んでるときは相談してほしい』
 歩きながら喋っているのだろう、息が少し弾んでいる。
『どうした?』
「電話じゃ話せません」
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