2年3組乙女事情
「確かに筆は使いにくかった。それは認める」


「やっぱり」


「でも、爪が小さいことは、俺には大した問題じゃない」


「え?」



思わず聞き返した私とは対照的に、翼は表情を崩してなかった。


テレビに向けられたままの横顔には、すっと通った鼻筋が目立つ。



「絵っていろんな物に描くだろ。平面とか、立体とか。物理的に考えれば大きさはバラバラだ。
そういう意味では、実涼の爪は小さい方に入るのかもしれない。
でも描いてる間は……色を乗せる対象のことしか考えてねぇから」


「え?」


「1回、頭の中を空にするんだよ。他のものを一切排除して、対象だけに集中する。
そうすれば、どんなに小さいものだって、俺にとっては大きく見える」



……そういうもの、なのかな?


筆を持った瞬間の翼の集中力の理由は、今の話の中にあるのかもしれない。



「そうなんだ。だから私の爪も、こんなに可愛くなったんだ!さすが翼!」



芸術の才能の欠片もない私には、実はよくわからないんだけど。



「お前、絶対理解してないだろ」


「まぁ、どっちでも良いでしょ!それは」


「適当だな……。とにかく、そこに集中してしっかり丁寧に見て、大切に扱えば良いんだよ」



翼は、首だけで私の方を振り返った。



「そうすれば、大体は上手くいく」



切れのある翼の視線が、まっすぐに私に届いた。


……何か、無駄に緊張しちゃうし。



「……って、何考えてるんだろ。私」
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