愛情の枯渇
~大手術~
3月25日(生後71日)
胆門部空腸合術手術
5月2日
退院となるが、翌朝40度の高熱のため再入院
5月12日
退院
手術は16時間にも及び、とても困難とされ、成功する確率はほんのわずかであった。
『あと二時間遅れていたら死んでいましたよ』
医者の言葉が母の胸に重くのし掛かる。
だが無事成功し、
2か月近い千葉大での入院生活は、
病気との戦いの世界であった。
母は頑張っていた。
教員を勤めながら、
家事に看病に
必死だった。
だが
また医師から厳しい言葉を告げられる。
『この先健康児として成長出来るかどうかは、まだわかりません』
母の心は、
絶望でいっぱいだった
そして
本当の戦いはここからだった。
無論
赤ん坊であった当日の私には
この時の記憶はない。
胆門部空腸合術手術
5月2日
退院となるが、翌朝40度の高熱のため再入院
5月12日
退院
手術は16時間にも及び、とても困難とされ、成功する確率はほんのわずかであった。
『あと二時間遅れていたら死んでいましたよ』
医者の言葉が母の胸に重くのし掛かる。
だが無事成功し、
2か月近い千葉大での入院生活は、
病気との戦いの世界であった。
母は頑張っていた。
教員を勤めながら、
家事に看病に
必死だった。
だが
また医師から厳しい言葉を告げられる。
『この先健康児として成長出来るかどうかは、まだわかりません』
母の心は、
絶望でいっぱいだった
そして
本当の戦いはここからだった。
無論
赤ん坊であった当日の私には
この時の記憶はない。