色
「あぁああぁぁあ!!」
部屋から出てきた橙妃を見て、侍女たちは一斉にすっとん狂な声を上げた。
ついでに言うと、声以上に顔の驚きの表現の仕様が激しいようだが。まるで怨霊のような、あの有名なムンクの叫びのような、そんな何とも言い難い恐ろしい表情をしている。
「な、なに?」
橙妃は侍女たちのオーバーリアクション具合に、心臓を跳ね上げた。
ついでに、侍女たちがそろってそんなことをするものだから、まるでホラー映画だ、とも思った。間違っても口には出さなかったが。
「……。あぁああぁぁあ!!」
橙妃と数秒見つめ合った後、再び叫び出した侍女たち。
鼓膜が破れそうな声量に、橙妃は思わず耳を押さた。
「うっるさい!」
橙妃の一喝に、侍女は叫び出したときと同様に、一斉に黙り込む。
着物の裾を振り上げ、声量を押さえるよう頼む橙妃に、侍女を代表して一人が、頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません。……しかし、それとこれとは話は違いますよ! 何ですか姫様、その髪は!」
「私の意思表示よ」
侍女の焦りようをものともせず、橙妃は冷静に言葉を返しす。
髪を切る、そのことがどんな意味を持つのか。
侍女たちが、分かっているのかと目で訴えてくる。
勿論、そんなことは橙妃も重々承知の上だ。分かっていて切ったのだ。
伸ばしていた長い髪を切ることには、二つ意味がある。
一つ目は、俗世を捨てること。つまり、出家だ。丸坊主にせずとも、ある程度、髪を短くした時点で世間的にはそう思われるのだ。
二つ目は『国を捨てた者』がする。例えば、身分違いの末、駆け落ちする男女が家に髪の毛の束を置いていく、など。
もっとも、現在では成人した者も髪が短い人は多々いる。そういった風習が色濃く残っているのは、皇族や田舎といった限られた場所だけではあるが。
「別に、出家するつもりも、国を捨てるつもりもないわ。けど、こうしたら向こうが断ってくるかもしれないじゃない。こんな嫁はいらん! って」
橙妃の言葉に侍女は、見開いていた目をさらに見開いた。
橙妃はリアルにホラー映画を間近で見ている気分になりつつある。少し……ではなく、大分怖い。しばらく夢に出そうだ。
「ななななななんてことを! 貴方は御自分でやったことの重大さを、まったく分かっていないのです!」
「充分、分かってるわ」
橙妃は侍女の顔を見ないことにした。何故なら、怖すぎて夜、夢でうなされること間違いなし、になりそうだったのだ。
会話は至って真面目なのだが。
そんな橙妃を気にしてか、侍女は顔を元に、いや、真顔に戻り、普通に説教し始めた。
最初からやれよ、などと橙妃が心の中で呟く。心の声なので、侍女には聞こないのが唯一の救いだろう。