色
「あなたは分かっていらっしゃいません! あんなに綺麗な髪でしたのに、お母様がどんなに嘆かれるか……」
「言ったでしょう? これは私の意思表示。母様には悪いけど、これが私にできる唯一の対抗手段よ。私、この国から出て行きたくないし、みんなと別れるのも嫌よ!」
「しかし、姫様……」
侍女の言葉を最後まで聞こうとせず、橙妃は再び、口を開く。
「大体、静国の皇子って粗暴者で手に負えないことで有名じゃない。そんな奴のとこに、娘を嫁に出さなきゃいけないことこそ、母様は嘆かれるわよ」
「その前に私が嘆きます! えぇ、嘆きますとも!」
いや、アナタが嘆いたところでなにも変わらないんだけども。
そう口に出しかけた橙妃だが、侍女の顔芸に、なんだか力を削がれてしまった。
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「おお、橙妃……。お前はなんということを……」
侍女に(強制的に)父の朱国王のいる部屋につれて来られた橙妃を見て、朱国王は『ムンクの叫び』にそっくりな顔をした。
橙妃は王の顔になんの反応も見せず、ぷいっとそっぽを向いている。
スルーされたことがショックだったのか、王は咳払いをひとつすると、真剣な表情に戻った。
橙妃は父の表情にこそ反応は見せなかったものの、言葉を聞くと、キッと顔を上げた。
「それはこっちの台詞よ。よくも私の了承なしに、勝手に結婚を申し込めたわね!」
「よ、よかれと思ってのことだったのだ。橙妃ちゃんのためにもなるかと……」
「はあ?」
「ごめんなさい」
朱国王(父)は姫(娘)に口喧嘩で負けつつある。と、いうより、負けている。完敗している。
「全っ然、よくないのよ!」
婚約を申し込むなら申し込むで、ちゃんと話をして欲しかったのに! いきなり結婚が決まったなんて聞かされるこっちの身にもなれってのよ!
鼻息も荒く、まくし立てる皇女に、朱国王は大袈裟に溜め息をついた。皇女も皇女で、こっちのが溜め息つきたいわ! と、心の中で叫びます。
「で? 結婚の件、取り止めてくれるんでしょう?」
じりじりと橙妃は朱国王に近付いて行く。目を左右に揺るがすものの、もはや、朱国王に逃げ場はない。
が、朱国王も一国の主。ここで引き下がっては国民に顔向けができない。
ついでに言えば、娘に押される父を見る、側近たちの目の冷たいこと。ここで、王たる、父親たる威厳を見せねば男がすたる。