「なに、姉上がいらっしゃるだと!?」


 満面の笑みを振りまく紅に、李黄は大きな苦笑いで応える。

 寝起きの不機嫌さから一転、テンションの限界を突破する勢いで紅の機嫌は良くなる。

 姉である「紫蓮」の名前を聞くだけでこれだ。苦笑いせずにいられようか。


 紅の姉である紫蓮。その人に、李黄も何度か会ったことはある。

 全身から放たれる癒しオーラと、王族という壁を感じさせない優しい雰囲気。
 それに加え、女神のような美しい容姿を持っているのです。


「まあ、紅がシスコン化するのもちょっと、納得するかもね」

「あ゛?」

「んーん、何でもないよ。ほら紅、さっさと起きて!」


 李黄が紅を寝床から引っ剥がし、連れてきたのは色とりどりの服が揃う部屋だ。

 その部屋にはすでに何人かの侍従が待機していて、すかさず紅に、準備していた結婚式用の服を着せ始める。

「……っ」

 姉が来ることが嬉しい反面、結婚したくない気持ちもまだまだあり、紅は苦悶の表情だ。

 それでいて、されるがままになっているのは、姉への気持ちが勝っているからだろう。




 そして、数十分後。


「かっこいー! 紅の父上の若い頃にそっくりだね!」

 李黄が手を叩いて紅に感想を述べる。


 白を基調にした服には金の糸で細やかな刺繍が施され、腰には、透き通るような蒼い青龍刀が、金のベルトに掛かっている。

 今の紅は誰がどうみても立派な一国の皇子となっていた。


「姉上はどこだ?」

 ……外見は、を付け加えておこう。


「そうですねぇ、結婚式の始まりには間に合いませんが、途中にいらっしゃると思いますよ」
「リョクユ……!」


 紅は着替えが完了したので、李黄は自分の用事を済ますため、一旦出て行った。
 その代わり、入れ替わるようにして今度はリョクユが紅のもとに来ていた。

 紅が「見張ってるのかよ」と言おうとしたその時、従者の一人がパタパタと走ってくる。


「朱国の方々がお着きになられました!」

「紅様、どちらへ?」

 従者の言葉を聞くなり紅な皆に背を向けて歩き出す。が、リョクユによって首根っこを掴まれてしまった。

 リョクユに掴まれると逃げ場がないと感じた、と言うより経験上、そう悟った紅は逃げ出すのを諦めた。

 そして、紅は否応無しにリョクユに引っ張られるようにして歩き出すのだった。


 ついでに、紅は式中、心を無にすることに決めた。
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