「何しやがっ」

「やる気を出して差し上げたんですよ。そろそろ朱国皇女の橙妃様も、この部屋にお着きになられる頃でしょうし」


 間違いない、こいつ現状を楽しんでやがる……。

 紅はリョクユの笑顔を見て直感する。
 ニヤニヤな笑顔に、こいつ一発殴ってやろうかと、紅は握り拳を作る。

 しかし、丁度ナイスタイミングで扉がノックされたため、その気持を無理矢理押し込めるのだった。


 リョクユが意気揚々とドアの前へ行く。扉を開くと、全身から不機嫌オーラを放つ橙妃の姿。

 若葉色を基調とした柔らかい生地をまとう橙妃の表情は、その穏やかな色と正反対だ。


「初めまして」

 そんな橙妃にも構うことなく、リョクユは全力の笑顔で彼女を出迎える。

 両手を広げてハグでもされそうな勢いのリョクユに、橙妃は少し気圧されてしまう。


「初めまして……」


 橙妃はリョクユに挨拶を返し、ちらりと紅を見やる。だが、紅はやって来た花嫁を見ようともしない。
 とは言え、橙妃も橙妃で、紅やリョクユからすぐに視線を外したため、両者おあいこといえるだろう。


「私、あなたに一言言っておくわ。いい? 私は、あなたと『結婚式』はしても、『結婚』はしないから」


 視線すら合わせようとしなかった花嫁は、挨拶を飛ばし、紅の前に立つなり言い放った。

 もちろん、カチンときたのは紅である。

 それはこっちの台詞だ! と食ってかかろうとしたが、リョクユに先を越される。
 ビシッと人差し指を立て、リョクユはニコニコ笑顔を振りまいた。

「大丈夫ですよ。どうせ政略結婚なんです。そこに、愛情なんてものは要りません。まあ、だからと言って、貴殿方にはこの結婚を拒否する権限はありませんけどね」

「……」



 その場に長い長い沈黙が訪れた。
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