「ああ、もう! かなり憂鬱だわ!」

「橙妃様?」

「最低最悪、今までに味わったことのないような気分よ!」

「新しい気持ちとの出会いですね!」

「引っ叩くわよ」


 侍女の捨て身のボケに、橙妃は突き刺す勢いで口調を荒げた。完全な八つ当たりであるのだが、侍女は苦笑いで返す。


 橙妃と紅の婚約式から、すでに五日が経っていた。静国では今だにお祭り騒ぎが続いており、紅と橙妃はそのために走り回る毎日が続いていた。
 例えば、今日も橙妃と紅は二人揃って静国の重要拠点でもある西の里潤郷(りじゅんごう)へ出向き挨拶をして回ったところだ。

 無愛想に無表情に、自分の感情を爆発させたいところではあるが、とりあえず、外交となれば話は別だ。なので、橙妃はここ数日、スマイルを無償で振舞っている。

 この国の皇子である紅は別として、橙妃は嫁入り……しかも、弱小国とも分類される国出身の姫なのだ。
 至らないことなどすれば、なんと言われるかわかったものではない。下手をすれば祖国に多大な迷惑がかかってしまうだろう。

 自分だけが何か言われるなら兎も角、親や国の人々にも飛び火するのはたまらないと、橙妃は今日も無償のスマイルを振りまく。

 もうすでに先日の結婚式で、取り返しのつかないことになっている気もしないでもない。
 が、橙妃に言わせると、あれだけは感情の整理が着かなかったから仕方ない。大事なのは今現在と未来、だそうだ。


 そんな橙妃は今、国王から与えられた部屋で休んでいるところだ。

 静国の首都であり、静国城の存在する静楼灯(せいろうとう)から里潤郷までは往復で半日かかるかかからない程度の距離にある。

 首都からそう遠くないこと、主要都市だけあることもあって、繁栄している里潤郷に橙妃は半分観光気分で挨拶へいった。首都でなくとも、自国の首都以上に発展していることが、少し羨ましかったりそうでなかったり……。

 予想はしていたのだが、やはり里潤郷にいる貴族からは悪口とも言えるような批判を受けた。
 別にそれはいい。予想していたのだからダメージは多くない。

 だが、ふと隣に目を向けるとどうだ。
 ざまーみろとでも言いたげに鼻の穴を膨らませ、紅が嘲りの笑みを浮かべている。

「……むっかつく」

 上から見下され、思い切り鼻で笑われた嫌な思い出を蘇らせ、橙妃は机を叩く。
 普通ならここでフォローを入れるなり、後で優しい言葉をかけてくれるなりしてくれるところだろうに……。

 しかも、それが今日だけでなく、ここ数日続いているものだから余計腹が立つ。


 まあ、橙妃も橙妃で彼がコケかけたときに鼻で笑ったり、嫌みを言われたときに嘲笑仕返したりと、同じようなことをやっているのだが。

 ちなみにその時のスマイルは無償でも全然惜しくないと橙妃は語っている。




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