色
この事実に橙妃は目を瞠る。何故なら本来、『玉』は人間の大陸だけにあるものであり、獣人の大陸出身であろう李黄は、持っていないはずのものだからだ。
目を見開いて李黄を見つめる橙妃に、李黄はちろっと舌を出して驚かせたことを謝る。
「えへへ、驚いちゃった? 私がね、獣人なのにこの人間の大陸にいるのは、こういう理由なんだ」
片手で玉に繋がっているチェーンを持ち、もう片手で玉を弄くりながら李黄は言う。
その表情は諦めとも哀しみとも自嘲ともつかない。
もともと獣人の大陸にはないとされ、人間たちの力の象徴ともされている玉を持って産まれてきたのだ。李黄の周囲の反応は想像するに難くない。
橙妃は状況を想像し、眉を潜める。掛ける言葉が見つからない、と言うより、安易に気休めの言葉を口にしてはならない気がしたのだ。
李黄も李黄でその頃の記憶でも思い返したのだろうか、耳が少し地面に向かってぺたりと垂れた。
うわ、これは無性に触りたくなるな、と橙妃は今の雰囲気を全力でぶち壊すようなことを考える。
「それじゃあ、橙妃ちゃん家に改めましてお邪魔しまーす」
「いや、べつにここ私の家じゃないんだけど」
先ほどのネガティブな雰囲気はどこへやら。一気に空気を明るい方へ引き戻すと、李黄はすっと橙妃の部屋に足を踏み入れる。そして、ぐるりと部屋を見渡すと、李黄はケラケラと笑いだした。
「うわあ、見事なまでになんもない!」
「当たり前でしょう」
慌ただしくこの国に来たのだ。必要最低限のもの以外は置かれていない。なくても、自国とは違いこの国は五大国の一つ。モノは十分すぎるほどに揃っているし、なければすぐにどこからか侍女たちが持ってきてくれる。取り立てて困ることもないのだ。
「でも、やっぱり寂しいというか……。皇女様の部屋にしては殺風景過ぎるというか」
「そうかしら」
朱国の自室は今いる部屋の半分くらいしかなかったし、櫛だってこんな細かな彫刻もされてなければ、服だってこんなに手触りが柔らかなものではなかった。壁も床も寝台も机も、何もかもが朱国のものとは比べ物にならないほどの超一流品。
まあ、色彩に関しては流石に朱国には劣るものの、「殺風景」とまで言われるほどには感じなかった。
「で、結局何の用で来たのよ、アナタ」
ただ挨拶するためだけに来たわけではないのでしょう、と橙妃は目を細める。
その問いには答えず、李黄は相変わらずニコニコと笑みを浮かべたままだ。
「橙妃ちゃんてさ」
カチャリ、と小さく鍵の音がする。
扉の鍵に手が届く距離にいるのは李黄のみ。後ろ手に閉めたのだろう。