普段なら大して気にしないその小さな音が今日に限ってイヤに耳についた。ほぼ初見の人間に秘密の話をしたいがために鍵をかけたわけではないだろう。では、なんのために?


「意外と人見知りするタイプ?」

「……。はあ?」

 あ、ヤバい。

 橙妃は直感でそう感じる。彼女が何か言葉を発する前に殺気が背中を貫く。
 橙妃はとっさに身を屈めた。すると、さっきまで自分の首があった辺りに李黄の鋭い手刀がヒュッと空を切った。

「ちょっ、なにす……!」


 いきなりの出来事に橙妃は口を開こうとするが、李黄はそれを許さない。
 手刀が避けられたととるや、直ぐに片足を軸にして蹴りを入れてくる。それを目の端でとらえた橙妃は横に逃れようとする。
 が、一歩間に合わなかった。いや、李黄の行動が速すぎた。直線を描いていたはずの脚の流れが橙妃の回避を予測していたように変わったのだ。

 咄嗟に腕で前を覆うようにするものの、ぎしっと腕の骨が軋むような音を聞いたすぐ後、堅い床に体が叩き付けらた。

「いった!」

 床に叩きつけられた衝撃と擦った摩擦、そして蹴りを直接受けた腕がじんじんと痛む。痛みによる生理現象で涙目になりながら、橙妃は歯を食いしばって背中と腕の痛みに耐える。しかし、その痛みに浸っている余裕はない。

 すぐに李黄が次の行動に移ったのを傍目にとらえた。

 橙妃は痛む体に鞭打って体を起こすと、動きやすいように上着を脱ぎ捨てる。ついでにそれを李黄に向かって投げつけ、距離をとる。
 攻撃を受けないように動き回るが、それでもやはり服が邪魔で仕方ない。


「ちょっといい加減にしなさいよ! 何のためにこんなことを?」

「さっき言った通り名前は李黄。目的は教えてあげない」

「あぁっそう! じゃあ、さっき言ったことは嘘?」

「さぁ、どうだろうね……?」

「じゃあ……最後の質問。玉は、本物?」

「あぁ。これ?」


 再び胸元から玉を取り出した李黄はそれを掌に収め、グッと力を入れるような仕草をとる。
 すると、ピシッとひびが入る小さな音が鳴り、パキンッと綺麗な音を立てて手の中の玉が砕ける。李黄が掌を広げると玉だったはずのモノの砕けた欠片が床へ落ちていく。


「そんな簡単に砕けてしまうということは……」

「そうだよ、これは偽物。じゃ、お喋りはこの辺りでおしまいだね」

 言葉と同時に蹴りを入れにくる李黄。橙妃は予測していたのか、今度はきっちりそれを受け止める。しかし、李黄はそのまま手を床につき、橙妃のアゴをめがけて反対の脚を動かす。
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