一方、リョクユは王様のいる部屋に着いていた。扉をトントンとノックすると、中から入っていい、と応えが返ってくる。失礼します、と一声かけて扉を開けると、王は扉の前方で山のように積んである書類に目を通していた。

 扉の正面に向かうようにして、重量感のある机と大きな窓が目に入ってきた。広い部屋にしては置いてある家具の数が少ないものの、逆にそれが、落ち着きのある空間を醸し出している。
 少し開かれた窓からは気持ちの良い微風と小鳥たちの声が流れてくる。今日は誰に聞いても爽やかな小春日和だ。

 リョクユが再び頭を下げると王は顔を上げ、にこりと微笑みを返した。

「決まったか」

「ええ。朱国の橙妃様です」

 リョクユの答えに、王はしばし思案して、大きくひとつ頷いた。朱国の橙妃といえば、「玉」を持つ姫だ。それを五大国の王が知らないはずはない。
 満足げに、しかし心から嬉しそうに笑顔を作ると、早速、使いの者を朱国へ遣るよう側にいた使用人に声をかける。使用人は短く返事をすると、一礼して部屋から去っていった。

「しかし、早かったな。紅のことだからもっと渋って、事が決まるのに一週間はかかるかと思っていた」

「はい。確かに三時間程度で決定するなんて今までにない早さです。まあ、もっとも後半は、紅様の受け答えにも半分諦めが入ってましたけどね」

「うむ、やはりリョクユ、そなたを宛がったのは正解だったようだな。しかし、書類からいきなり婚姻だなんてのは、ちと無理やりな感じがせんでもないが……」

 だからこそですよ、とリョクユは進言する。このままずるずる先延ばしにすれば、紅は結婚なんて一生涯しないだろう。それなら、今の内に最悪の場合でも婚約者だけは見つけて置いて損はない。例え、初対面の二人の間に一目ぼれなんてことは起きないにしても、若かりし男女が一緒にいて意識しないはずがない。

 リョクユは力をこめて熱弁。まあ、第一は私が面白いからなんですけどね、なんて言葉が聞こえたような気がしたが、そこはスルーだ。なんて言った? なんて聞いてはいけない。


「それでは、私はこの辺りで失礼しますね。紅様にも使者を送ったことをお伝えしなければ」

 リョクユの笑顔が一段と深くなったような気がする。いや気のせいではないのだろう。心なしかいつもより、表情が生き生きしているのも気のせいではないだろう。
 王はそこも見なかった振りをして、よろしく頼むとだけ口にした。我がままで非常に扱い辛いわが子だが、その教育係をリョクユに命じたのも自分。そんな王の複雑な心境を知ってか知るまいか、では、とリョクユは爽やかな笑顔を振りまいて王に頭を下げて出ていった。
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