真紅の世界
私はまだ片言にしかこの世界の文字が読めない。そこに浮かぶ文字で何を書いているのか分からないけれど、文字を書きながらもちゃんといつもの様に口頭でも先生は教えてくれる。
「“知”を司るクリフ、“武”を司るタリー、“魔”を司るシファ」
先生が名前を言うたびに3列に並んだ文字が順に淡く光る。
きっと名前を言ったタイミングで光ったそれが、該当する文字なんだろう。
“クリフ”という名に反応しそうになった。けれど、それを押しとどめて聞くことに専念しながら自分の羊皮紙に日本語でそのまま書いていく。
「妖精たちは気まぐれに姿を現して、その人が心から望むものの答えを与え、心から望む力を与え、心から望む魔の力を与えてくれるとされています。……が、姿を見たものはこの何百年かで数人しかいません。 その姿は見た人それぞれによって全く違う姿かたちをしているそうです」
「……まったく違う?」
「そうです。 タリーを見たものは今まで3人、クリフとシファがそれぞれ1人。 ですがタリーを見たものは三者三様の容姿を述べました。 赤い光の球だったというもの、小指ほどの大きさの魔物だったというもの、同じ大きさの人間だったというもの、それぞれ統一性がありません」
「クリフとシファはどういう姿だったんですか?」
「それはユリウス様にお聞きになられた方がいいかもしれませんね、ユリウス様は同時に3人に会われていますから」
にっこりと笑って言ったセレナ先生が手を降ろすと、宙に浮かんでいた文字は一瞬で掻き消えた。
「……え? 妖精に会った数人って結局3人しかいないってことですか?」
「そうです、ですからもしその中の誰かと会えたとして、それが “知”を司るクリフならばサラの知りたい答えを教えてくれるかもしれません」
その言葉を言い終えると、先生はこれで今日の授業は終わりですと部屋を出て行った。
私は初めて“ありがとうございました”と言うのも忘れて、今知った事実に呆然とする。
――……クリフ。
あの小さくて不思議なクリフ。
融通が効かなくて、“それはお答えできません”が口癖かと思うくらい限られた一つのことにしか答えてくれなかったクリフ。
もし私が一度会ったことのある“あの”クリフが、セレナ先生の言う“知を司るクリフ”だとしたら、とてもじゃないけれど答えてくれそうな気がしない。
多分あの時と同じように淡々と“それはお答えできません”と言われるのが簡単に予想できてしまう。
そんな不思議な妖精があと二人もいただなんて……。