真紅の世界
レティのことが心配だ。
この部屋にレティはいない。
だからどこかにいるはずのレティを、探しに行かなくちゃいけない。
分かっているのに、左手を切りつけられたときの恐怖が、今頃になって襲ってきていた。
あの時は無我夢中で、痛みよりなにより、レティが優先だった。
でもその緊張感が一度解けてしまうと、やっぱり私は、ただの女子高生だった。
いくら剣道が強くたって、命を懸けて戦うこととは無縁の世界で生きていたのだから。
あの時ああやって、レティを守るために自分が盾になれたことすら、自分でも奇跡だと思う。
「怖がるな。 レティを助けるんでしょ、サラ」
自分に言い聞かせて扉を開けようと決心した時、「キュイー」という声が今度は耳元でした。
その声に飛び上がって「うひゃあっ」と色気も何もない声を上げてしまう。そんな間抜けな私の肩には、見たこともない真っ黒な塊が乗っていた。
くっきりとした姿がなくて、まるで靄のような黒い塊。
赤い大きな瞳がキラキラとこちらを見ているのが、可愛く思えなくもない。
両手でつかめるくらいの大きさだろうか。
肩に乗っているのではなく、肩の数ミリ上を漂っているから重さを感じなかったんだ。そんなことを、まじまじと観察をして知った。
「キュイ?」
「あ、あんた何?」
可愛く鳴いた物体に話しかけてみる。もしかしてダリアのように話せるのかと思ったのだ。
でも、「キュイー」と鳴くだけで、一向にしゃべる気配のない物体との意思疎通は不可能だった。