惑溺
 
「お待たせしました」


博美の唇から白い煙が吐き出され会話が丁度途切れた時、目の前にグラスが二つ置かれた。
博美の前にはジントニック。私の前には綺麗なオレンジ色のカクテル。

上からの間接照明に照らされて、そのカクテルは見たこともないくらい不思議な飲み物に思えた。

「ありがとう。よかったらリョウくんも何か飲んだら?」

カウンターの中に立つ背の高い彼に見上げて、博美は小さく首を傾げながらそう言う。
上目遣いの女らしい表情。手に持った白い煙草には微かについた赤い口紅。

学生時代から知ってる博美の女の顔を見るのは初めてで、なんだか見てはいけないシーンを覗いているような気分……。

「ありがとうございます。博美さんのお気持ちだけいただきます」

そんな博美に向かって、彼はクールな態度を崩さずに目を伏せてそう言った。

「リョウくんはいつもアタシにご馳走させてくれないよね。もしかして迷惑?」

少しふざけた口調だけど、その博美の目は真剣だった。

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