惑溺
───帰らなきゃ……
真っ白な頭に辛うじて浮かんだその言葉に突き動かされた。
ベッドの横の床に散らばった自分の服をかき集め、動揺で震える指で急いで身に付ける。
気持ちばかりが焦り、自分で服を着ることさえ難しくて、思い通りにならない自分の指先が歯がゆくて泣きたくなる。
最低限の服を着ると、コートやバッグを胸に抱えるようにして、音をたてないように立ち上がった。
一歩踏み出した足が動揺のせいなのか、それともその行為の疲労のせいなのか、ガクガクと震えてうまく力が入らなかった。
そんな自分の身体をなんとか奮い立たせて、まるで逃げ出すようにリョウが眠るその部屋から飛び出した。
──早く、
早くここから出なきゃ……
自分の家に帰って、シャワーを浴びて、熱いコーヒーを飲んで
いつもの様に仕事に行って。
現実に帰らなきゃ……。