惑溺

息をのみ、視線をそらす事もできず固まっている私に
バーカウンターの中に立つ彼は、口元を軽く歪ませるように小さく笑い背を向けた。

何事もなかったかのように他のお客さんに穏やかに微笑みながら、グラスを手にカクテルの準備をする。
何事もなかったかのように……。

いや、実際何もなかったんだけど。
ただ一瞬目があっただけなんだけど。

彼の視線から解放された途端、まるで催眠術が解けたかのように急に肩の力が抜けた。

自分でも驚くほど速くなった鼓動を落ち着かせるために、大きく息を吐きながら博美に話しかけた。

「さっき博美が言ってた、理性じゃなく本能で惹かれるって意味、なんとなくわかったかも……」

いつの間にかきつく握りしめていた手のひらをおしぼりで拭く。
私、手に汗をかくくらい緊張してたんだ……。
ただ彼にみつめられていただけなのに。

「でしょ?
やっぱ無条件に強いオスに惹かれちゃうのは女の本能なんだよね」

博美は彼が作ったジントニックを飲みながら笑った。
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