惑溺
「由佳?どうかしたか?」
心配そうな聡史の声に、はっと現実に引き戻された。
「具合、悪いのか?」
「あ、ううん。ごめんなさい。
大丈夫、少しぼんやりしてただけ……」
私はなんとか取り繕いながら、笑顔を作り首を横に振ってみたけれど、たぶんうまく笑えてなかった。
頬も喉も指先も、酷く強張って情けないくらい動きが鈍い。
ただ血液を送り出す心臓の鼓動だけが、私の胸で痛いくらいに激しく動いていた。
「そっか。少し疲れてるのかもな。
ホテルにいる時から元気なかったし」
優しく気遣ってくれる聡史の顔は、後ろめたくてまともに見ることができなかった。