惑溺

何気なく顔を上げると、いつの間にか寝室のドアが開かれ、そこにリョウが立っていた。

「……ッ!」

シャワーをあびてきたんだろう。
濡れた黒い髪をかきあげるようにタオルで拭きながら、上半身裸の姿で部屋に入ってくる。
ベッドの上で、携帯電話を耳に当てたまま驚きで固まった私を見下ろして、意地悪に目を細めた。



『旅行どっか行きたいところある?』

「え!?あ、あの……」

明らかに動揺している私の様子に、電話の相手が誰なのか、簡単にわかってしまったんだろう。
リョウは獲物を見つけた猫みたいな、楽しげで残酷な表情でゆっくりとベッドへと近づいてきた。

「ごめん、今ちょっと……」

忙しいから電話切るね

そう言って慌てて電話を切ろうとした私の口元は、伸びてきた手に塞がれた。
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