惑溺


『由佳?』

いつの間にか放り出した携帯電話から、微かに聡史の声が漏れて聞こえた。
いつまでも返事をしない私を心配した聡史が、遠くから何度も私の名を呼ぶ。

このシーツの上の衣擦れの音が、荒くなる私の吐息が、激しく唇を合わせるたびに響く水音が
電話を通して聡史に聞こえているかもしれない。

頭の片隅でそう思いながらも、私に覆いかぶさるリョウの指先と唇を拒否する事なんて考えられなかった。
ただ、喘ぎ声が漏れないように声をこらえるだけで精一杯だった。


……溺れていく
ただ深く深く

溺れて行ったこの先には、暗く冷たい深海しかないってわかっているのに。
ただ、孤独が待っているだけだってわかってるのに。


『由佳……?』


繋がったままの携帯電話から、ピーピーと充電の残量がなくなった事を知らせるアラームが鳴り出した。

まるで落ちていく私を戒める警告音みたいだ。

そう、思った。
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